40 心配
「ダリオス様……!」
夜叉のような形相をしたダリオスは、セイラの声を聞いた瞬間にハッとして顔を上げ、セイラの元へ駆け出した。
「セイラ!大丈夫か!?」
「ダリオス様、来てくださったんですね!」
「遅くなってすまない。彼の状態は?」
「もう少しで治癒が終わりそうです。ダリオス様が来てくださったおかげで、魔法に専念できます」
セイラはそう言って目を瞑り意識を集中する。すると魔法で光っていた騎士の体がより一層強く光った。
(なんとか治癒が終わったわ)
セイラが目を開けてほうっと息を吐くと、倒れていた騎士は穏やかな顔で息をしている。
「気を失っていますが、治癒は完了しました。あとは安静にしていれば大丈夫かと思います」
「そうか、よかった」
セイラとダリオスが話している間に、ガイズたちがセイラたちの近くまで戻ってきた。
「ハロルド卿、先程はありがとうございました。あなたが来てくれなかったらどうなっていたか……」
ガイズが苦々しい顔でダリオスに礼を言うと、ダリオスの纏う空気が一瞬で重苦しいものに変わる。
ダリオスがガイズに視線を向けると、ガイズ以外の騎士は皆小さく悲鳴を上げる。ガイズは悲鳴こそあげないものの、冷や汗を流していた。それほどまでに、ダリオスの視線は恐ろしいものだった。
「言いたいことは山ほどあるが、今は浄化が最優先だ。またどんな魔獣が出てくるかわからない」
万が一他にも魔獣がいたとしても、ダリオスが先ほどの魔獣を倒したことで一時的に大人しくなるはずだ。その隙に、浄化を行なってしまうのが一番良い方法だとダリオスは言う。
「わかりました、すぐに浄化を行います」
そう言って、セイラは両手を胸の前でしっかりと握り締め、聖女の祈りを始める。瘴気が強い場所なのでセイラから放たれる光は昨日よりも強く、広範囲にわたるものだった。
浄化が終わり、セイラが目を開けてふうっと小さく息を吐くと、ダリオスはセイラの体を気遣うようにして支える。そんなダリオスに、セイラは嬉しそうに微笑み、二人の様子をガイズはグッと奥歯を噛み締めて見つめていた。
浄化が終わり、転移魔法で城へ戻ると、ガイズがすぐに口を開いた。
「セイラ様、先ほどは怖い思いをさせてしまって申し訳ありませんでした。我々の力がもっと強ければ……セイラ様をあんな目に合わせることもなかった」
「そんな、気にしないで。ガイズたちはあの時私やルルゥから魔獣が離れるようにしてくれたんですもの。謝られることなんて何もないわ」
「ですが……」
ガイズが苦々しい顔で口籠ると、ダリオスがガイズを見て口を開いた。
「ガイズ殿、なぜ勝ち目のない相手と戦っていたのか説明していただきたい。騎士団長として、セイラや他の仲間たちを危ない目に合わせてしまうという考えにはならなかったのか」
「それは……」
「あなたはセイラを守ると言ってくれた。たから俺もあなたに託した。だが、先程の状況はセイラの命に関わるほどのものだった」
ダリオスの恐ろしいほどの低い声が響き渡る。
「その場の状況を見て、撤退すべきであれば何よりも撤退を優先すべきだ。それを怠ったのはあなたの責任なのでは?」
「あの、ハロルド卿、あの状況では仕方がなかったんです。魔獣が現れた段階で、ガイズ様は自分を囮にしてセイラ様から魔獣が離れるようにしてくださいました。ガイズ様の判断はあの時点では最善だったはずです」
控えめだがしっかりとしたルルゥの言葉に、ダリオスは視線を向けずただ耳を傾けている。視線を向ければルルゥはダリオスの気迫に恐れをなして言葉がでなくなってしまうだろうことを、ダリオスはわかっているのだ。
「本来であればすぐにでもセイラ様だけでも城へ転移させるべきでした。それができなかった私にも落ち度があります」
「ルルゥ!」
(そんな……!ルルゥだってあの時点で最善の判断をしていたはずなのに……!)
「ダリオス様、それなら私にも落ち度があります、ルルゥが私を先に城へ転移させると言ってくれたのに、私が迷ってしまったんです。そうしている間に負傷者が出てしまって……だから、私にも落ち度があります。ルルゥたちだけが悪いのではありません」
セイラは両手を強く握りしめダリオスへ訴えかけると、ダリオスは目を閉じて大きく息を吐いた。
「……それぞれの言い分はわかった。だが、あの場に着いた段階で瘴気の強さから尋常ではない魔獣が現れるかもしれないことを危惧すべきだ。魔獣が出る前に撤退するか、セイラを先に城へ転移させるべきだった。そのことはガイズ殿もわかっていると思うが」
ダリオスの言葉に、ガイズはおろしている手をきつく握りしめながら、神妙な面持ちで頷く。
「……明日も浄化がある。セイラも相当疲れただろうから、今日はこの辺でお開きにしよう。ガイズ殿たちも、しっかりと休んでくれ。行こう、セイラ」
セイラの体に腕を回し、セイラを促すダリオス。セイラはガイズを含む騎士たちやルルゥに視線を向けて小さくお辞儀をしてから、ダリオスと一緒に歩いて行った。
*
「ここが私の部屋です。本当に何もない部屋なのですけど……」
セイラの部屋に到着してセイラがそう言いかけると、ダリオスはセイラの言葉を遮ってセイラをきつく抱きしめた。
「ダリオス様?」
セイラの呼びかけに、ダリオスは返事をせずただセイラを抱きしめている。
(ダリオス様、少し、震えている?)
「セイラが無事で本当によかった……」
ダリオスに抱きしめられていて、ダリオスの切羽詰まったような声がセイラに直接響く。そしてダリオスはセイラから体を離して、セイラの頬にそっと手を添えてセイラを覗き込む。ダリオスのエメラルド色の美しい瞳は不安げに揺れていて、今にも泣き出しそうだった。




