36 不穏な動き
「お前がポリウスの表の聖女か」
レインダムの第一王子アレクは嫌な笑みを浮かべながらそう言った。目の前には、不満げな顔をしたルシアが両膝を抱えてベッドの上にいる。元聖女、そして女性ということで地下牢の中でも随分とまともな部屋にルシアは投獄されていた。
「あんた誰よ。女性を、しかも聖女をこんなところに閉じ込めるなんてどう言うつもり!?早くここから出しなさいよ!」
「ははっ、この国の第一王子に向かってそんな口を聞くとは、とんだ無礼者だな。聞いていた通りのクズ女だ。まあいい、お前はいずれ処刑されるだろう。吠えていられるのも今のうちだ」
「……第一王子!?」
ルシアは両目をまん丸と見開いて鉄格子を掴む。すると、アレクは鉄格子越しにルシアの後頭部を掴み、しげしげとルシアの顔を眺める。
「ふうん、あの聖女もいい女だったが、お前も双子というだけあって見た目は悪くない。だが似ていないな」
アレクに顔を見られている間、ルシアは驚いた顔をしていたが、次第に瞳を潤ませていく。
「……わ、たし、どうなってしまうんですか」
「今更泣いても遅い。お前たち親子はとんでもない失態を犯したからな」
「セイラは……セイラは無事なのですか?」
「ああ、あの女は無事だよ。まさかあの女を気にかけるとはな」
ルシアの後頭部を離し、アレクはふん、と鼻で笑う。すると、ルシアは俯いてから一瞬だけ小さく口角を上げた。だが、その表情はアレクからは見えない。それから、ルシアは表情を戻して涙をぽたりぽたりと床に落としていく。
「私は、あの子にはめられた……あの子に、聖女の力を奪われて……気づいたらこんなことに……」
ルシアの小さな呟きに、アレクは眉を顰める。すると、ルシアは顔を上げてアレクを見つめた。
「どうか、どうか私の話を聞いてくださいませんか!ポリウスで起こった一部始終をお話しします。私の話を聞いてくださったら、あなたのためにどんなことでもします。私を……好きにしてくださって構いません」
「……へぇ」
ルシアの訴えにアレクは一瞬圧倒されたが、すぐにアレクは嫌な笑みを浮かべてルシアを見つめた。
*
アレクとルシアが初対面をしてから数日後。この日、ダリオスの屋敷でセイラとダリオス、そしてクレアが話し合いをしていた。
「アレク殿下が地下牢に?」
「ええ、最近、頻繁に地下牢、それもセイラ様の妹君の牢屋へ出入りしているという報告があります。恐らく、興味本位で近づいたのだろうとは思いますが」
(ルシアの所へアレク殿下が……?一体何をしに行ってらっしゃるのかしら)
嫌な予感しかしない。アレクが第一王子と知ったら、ルシアはきっとアレクに取り入ろうとするだろう。もしかしたら、すでに始まっているのかもしれない。
「あの二人がもしも手を組んだらややこしいことにしかならないだろう。警戒しておく必要があるな」
「はい。こちらとしてはアレク殿下の動きを封じることはできませんので、今は静観しておくことしかできませんが」
「動けないのはもどかしいが、仕方ないだろう」
そう言ってから、ダリオスはセイラの手をそっと掴んだ。
「大丈夫だ、セイラ。心配ない」
ダリオスの微笑みに、セイラの胸はほんの少しだけ解れていく。セイラも、小さく頷いてからダリオスへ微笑み返した。
「さて、この話はこのくらいにしましょう。来週から、セイラ様には元ポリウス内の瘴気の強い場所を三箇所回っていただきます。前回行くことができなかった場所です」
そう言って、クレアは机に元ポリウスの地図を広げて、魔法で場所に印をつける。
「行きはセイラ様お一人で、現地にて元ポリウスの騎士団とルルゥ殿と合流します。今回ダリオス様は最初からはご一緒できませんが、途中から合流予定です」
「俺も、別件で元ポリウスへ行くことになっている。任務が済んだらすぐにセイラの元へ向かうよ」
「ちゃんと、仕事は終わらせてきてくださいね」
「わかってるよ」
クレアの苦言に、ダリオスは渋々といった様子で返事をする。それを見て、セイラはクスクスと小さく笑っていた。
(一人で行くのは心細いけれど、ポリウスの騎士団やルルゥもいるからきっと大丈夫よね。後からダリオス様も来てくださるし)
瘴気の強い所であれば、魔獣が出る可能性がある。どれほどの強さの魔獣かも、どのくらいの規模の瘴気かも、行ってみなければ何もわからない。
「それで、行くときはこれを持って行ってください」
そう言って、クレアは長方形の小箱を机に乗せ、蓋を開く。そこには、腕輪がずらりと並べられていた。
「これは……ダリオス様専用の腕輪ですか?」
「ええ、ですがもうダリオス様の腕はセイラ様のおかげで治りましたし、ダリオス様には必要ありません。ですので、この腕輪に以前のようにセイラ様の力を入れておいて、セイラ様の力が使いすぎてしまった際にはこれをつけていただければと」
確かに、元ポリウスへ浄化へ行った際、力を使いすぎて疲弊していた時にこの腕輪をつけて一時的に力が回復したのを覚えている。まさか、こんなに腕輪を準備しているとは思わず、セイラは驚く。
「これを、全部クレア様が?」
「作るのはそこまで難しくないのですよ。むしろ壊れたものを修復することに時間がかかっていましたから。ダリオス様はすぐに腕輪を壊してしまうので大変でした」
小さくため息をついてクレアが言うと、ダリオスが少しムッとしたように反論する。
「あれは仕方ないだろう。俺だって壊したくて壊したわけじゃない」
「はいはい、もちろんわかってますよ。ということでセイラ様、出立前にこの腕輪に力を込めてお持ちください」
「……ありがとうございます!」
(この腕輪があれば、力を使いすぎてしまっても安心だわ。とっても心強い!)
セイラが目を輝かせてクレアにお礼を言うと、クレアもダリオスも嬉しそうに微笑んだ。




