34 ポリウスの筆頭魔術師
「セイラ様!」
「ルルゥ!」
レインダムの騎士団本部での話し合いの日から数日後。この日は、レインダムの魔法省にセイラとダリオスが呼び出されていた。
会議室内に入って来たセイラの姿を見た途端、一人の魔術師がセイラに抱き着く。濃い茶色の髪の毛を一つに束ね、眼鏡をかけ魔術師のローブを羽織っているその女性は、元ポリウスの筆頭魔術師ルルゥだ。
「セイラ様、お元気そうでよかった!セイラ様がポリウスにいらっしゃった時、お会いできると思っていたのですが、まさかあんなことになっていたなんて思わなくて。王城からすぐいなくなったと聞いてどうしたのだろうと思ったら、こんなことに……でも、セイラ様がご無事で本当によかった!」
「ありがとうルルゥ……あ、あの、でもちょっと苦しいわ」
「ああっ!ごめんなさい!」
ルルゥは慌ててセイラから離れ、セイラとルルゥを見つめていたダリオスに視線を移した。
「もしかしてこちらが、セイラ様の旦那様?」
「ええ」
ルルゥに聞かれ、セイラはほんのりと顔を赤らめる。そんなセイラを見てルルゥは目を丸くし、すぐににっこりと微笑んだ。
「はじめまして!私はポリウスの魔法省所属、筆頭魔術師のルルゥ・オルトロスです」
「はじめまして。セイラの夫でレインダムの騎士、ダリオス・ハロルドです」
ダリオスがそう言って会釈すると、ルルゥはまた目を丸くしてセイラに話しかける。
「セイラ様!めっちゃくちゃイケメンじゃないですか!こんなイケメンといつも一緒にいるんですか!?すごいですね!こんなイケメンが旦那様だなんて羨ましいですよ。それに、ハロルド卿って確かレインダムの最強の騎士、黒騎士の名前じゃないですか?黒騎士の奥さんになったんですか!?すごいです!」
「ルルゥ、あの、そうなんだけど、恥ずかしいからやめてくれる?」
(ルルゥったら、勢いの良さは相変わらずね)
セイラが苦笑すると、ルルゥはしまった!という顔をしてダリオスを見る。
「ああっ、すみません!私、思ったことをすぐ口にしてしまうんですよ。失礼しました」
「ああ、いや……」
ルルゥの勢いに圧倒されていたダリオスを見て、セイラはふふっと微笑む。ダリオスもまた、セイラを見て眉を下げて小さく微笑む。そんな二人を見て、ルルゥは頬を赤らめて嬉しそうに笑った。
「お二人とも、仲がよろしいんですね。セイラ様がレインダムに行ってからずっと心配していましたが、心配する必要はなかったみたいですね」
ルルゥの言葉に、セイラは嬉しそうに微笑んだ。その時、会議室のドアが開く。
「遅くなって済みません。みんなもう集まってますよね」
そう言って、クレアが会議室に入って来た。
「俺たちも今着いたところだ。ずいぶん忙しいみたいだな」
「やっぱり小国といえど国がひとつ領地となると、手続きやらなんやら、いろいろと大変ですよ。騎士団の方はうまくいったそうですね」
「バルト騎士団長が滞りなく進めてくれたよ」
「さすがはバルト騎士団長」
ダリオスとクレアの会話を聞きながら、ルルゥはクレアをジッと見つめる。
「あの、まさか、あなたがレインダムの王家専属魔術師、クレア・ファウスト?」
「え?ああ、そうですが。君は……元ポリウスの筆頭魔術師殿、かな?プロフィールを拝見してたから写真で顔は把握しています」
「そうです!私、ルルゥ・オルトロスです!あなたが、あの有名なクレア殿ですか!すごい!お会いできて光栄です!ずっとお会いしてみたいと思ってたんですよ!すごい!」
ルルゥはそう言ってクレアの両手を掴むと、ぶんぶんと大きく上下に振る。そんなルルゥを、クレアは呆気にとられて見つめていた。
「ルルゥ!落ち着いて!クレア様が驚いているわ」
セイラが慌ててそう言うと、ルルゥはハッ!としてクレアの両手を離し、深々とお辞儀をする。
「大変申し訳ありません!ずっと憧れていたレインダムの魔術師殿にお会いできて興奮してしまいました」
顔を上げると、やってしまった!というような顔をしている。
「憧れって、俺に?俺は敵国の人間ですよ?」
「そんなの、関係ありません!クレア殿は、レインダムで数々の古代魔法を解析し、現代で使えるように応用して新理論を立ち上げた偉大な方です。敵国だろうがなんだろうが、そんなもの魔術師には関係ありません!」
(確かに、ポリウスにいた頃、ルルゥからクレア様の話は何度か聞いたことがあった気がするけど、クレア様ってそんなにすごい方だったのね……!)
驚いたようにセイラがクレアを見つめると、ダリオスはそっとセイラに耳打ちをする。
「クレアが作った俺専用の腕輪は、他の魔術師には作り出せないものなんだ。そもそも、理論上無理だと言われていた代物だ」
「そうなんですか……!すごい……!」
セイラが驚いていると、クレアはルルゥを見てフッと微笑んだ。
「魔術師にとって、敵国かどうかなんて関係ない、か。君は、確か元ポリウスでは魔術師として抜きんでているそうですね。その若さで筆頭魔術師になり、国の中枢で働いていた。古代魔法の研究もしていたとか」
「はい!ですが、ポリウスではそんな研究必要ないと言われて、あまり自由にさせてもらえなかったんですよ」
しょんもりとしながらルルゥが言うと、クレアはニッと口角を上げた。
「だったら、俺の研究チームの一員になるといい。君みたいな優秀な魔術師は大歓迎です」
「……えっ!?えええっ!?いいんですか?」
ルルゥが悲鳴のような歓喜の声を上げると、クレアはクスクスと笑って頷いた。それから、セイラたちへ視線を向ける。
「さて、ダリオス様たちを呼び出してわざわざ来てもらったのに、蚊帳の外にするのはいけませんね。そろそろ本題に入りましょう」




