32 一触即発
「ダ、リオス、様……?」
ダリオスからの口づけが終わると、セイラはすっかり蕩けた顔でダリオスを見つめる。そんなセイラの顔に、ダリオスの理性は今にも限界を迎えそうだった。
(だめだ、せめて屋敷に着くまでは我慢しないと)
セイラの両肩を掴みながら俯き、ダリオスはふーっと大きく息を吐く。
「ごめん、セイラ。愛おしさが溢れてしまった……それに、そんな顔されたら気持ちが制御できなくなりそうだよ。けど、屋敷まではちゃんと我慢する。だから、屋敷に着いたら覚悟してくれ」
ダリオスの言葉に、セイラはぼんやりとした顔から、目が真ん丸に開かれ顔が真っ赤になっていく。
(本当に俺の奥さんは可愛すぎるな。可愛すぎて心配になる。絶対に手放さないし誰にも渡さない)
ダリオスはフッと微笑んでからセイラの頬に優しくキスを落とす。それから、セイラの腰に手を回して、屋敷に着くまで密着したままだった。
*
ポリウスの国王と表の聖女の仮処分が決まってから一週間後。セイラとダリオスは、王都の一角にあるレインダムの騎士団本部に来ていた。
騎士団本部の会議室に、レインダムの騎士団長バルト、レインダム最強の騎士ダリオス、そしてセイラが座っている。
その真向には、ポリウスの騎士団長ガイズがいた。緑がかった黒髪の短髪に若草色の瞳、がっしりとした体格の持ち主だ。
「セイラ様、お久しぶりです」
「ガイズ!お久しぶりです。元気そうでよかった」
セイラがそう言って微笑むと、ガイズは静かに頭を下げた。そんな二人を、ダリオスは真顔で見つめている。ガイズは頭を上げるとダリオスの視線に気づき、冷ややかな視線を返した。
「セイラ様、この度は私が王城にいなかったばかりにこんなことになってしまい、申し訳ありません。私が王たちと共にいれば、王の行いを止めることができたかもしれないのに……本当に申し訳ありません」
(確かに、ガイズがあの場にいたなら、きっとお父様はあんな暴挙には出なかったはずだわ)
ガイズはセイラの父親が間違ったことをしようとするたびにそれを既のところで止める役割をしていた。
王城でセイラの父親がダリオスとクレアに刃を向けようとした時、ガイズがいたとしたらきっと状況は変わっていただろう。
それほどまで、ポリウスの騎士団長は発言力が高く、王家からの信頼も厚かった。
「いいんです。あの日、あなたがいなかったことが不思議でしたけれど、あなたは瘴気のせいで魔物が暴れていた場所へ行っていたと聞きました。あなたはあなたのやるべきことをしていたのですから、今回のことであなたが謝ることではありません」
(ガイズがいたなら、とは思うけど、たらればを話した所で何も変わらないわ。それに、決断したのは父なのだから、いずれこうなってしまっていた可能性の方が高いもの)
セイラがガイズを労るように言って微笑むと、ガイズはぐっと奥歯を噛み締め、また頭を下げた。
「それじゃ、元ポリウスの騎士団長。そろそろ話を進めてもいいだろうか?」
バルトがガイズを見ながらそう言うと、ガイズは顔を上げて静かに頷く。
「ああ、すまない。俺がこうしてここに呼ばれたということは、ポリウスの騎士団を解散するということだろうか」
ポリウスはレインダムの領地となった。ポリウスの騎士団は解散して、レインダムの騎士団に吸収されるのは当然のことだろう。
「本来であれば、ポリウスの騎士団を解散していちから立て直すのが筋だ。その方がレインダムとしても不安材料が残らない。だが、正直言ってそれをやるのはこちらの負担が大きい」
バルトの言葉を、ガイズは表情を変えることなく聞いている。
「そこでだ。元ポリウスの騎士団は解散せず、そのままレインダム騎士団の中に組織として取り込む。そして元ポリウスの騎士団の統制は、ガイズ殿に一任したい」
バルトの言葉に、ガイズは目を大きく見開いた。
「正気か?ポリウスの騎士団を解散しないばかりか、その統制を俺に任せるだなんて、もしも俺が反旗を翻そうとする可能性を考えないのか」
そう言って、ガイズはセイラとダリオスを見る。
「俺は、そもそもセイラ様がレインダムに売られることに反対だった。セイラ様がポリウスからいなくなってから、ポリウスは一気におかしくなったんだ。ポリウスからセイラ様を奪ったレインダムを俺は憎らしくさえ思う」
「ガイズ!」
(そんなこと、いくら元ポリウスの騎士団長とはいえ、失礼すぎるわ!罰が与えられてもおかしくない)
慌ててセイラが止めに入ろうとするが、セイラをバルトが優しく制した。
「たとえ陛下とルシア様の行いが悪かったせいにしても、セイラ様をレインダムが奪ったんだ。……ハロルド卿、あんたがセイラ様をポリウスから奪った、そうだろう。あんたがセイラ様を囲ったせいで、セイラ様はポリウスに戻ってこれなくなったんだ」
ガイズが憎らしそうにダリオスを睨むと、ダリオスは表情を一切変えず、まるで売られた喧嘩は買うぞと言わんばかりに冷酷な視線をガイズへ向け続ける。その後誰も発言することなく、室内は静寂に包まれる。もはや一触即発の状態だ。
「違うのです、ガイズ!ダリオス様は何も悪くありません!」
突然、その場の冷え切った空気を壊すように、セイラの声が室内に鳴り響いた。




