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31 聖女の覚悟

(アルバート殿下が私を気に入っている?)


「そう、なのですか?えっと、それは、何か問題でも?嫌われるよりも良いような気がしますが……」


 ダリオスの言葉にセイラはキョトンとしたままダリオスを見つめる。ダリオスは微妙な面持ちをしていて、喜んでいるようには見えない。アルバート殿下に気に入られることは何か問題があるのだろうか?セイラがそう思っていると、ダリオスがまた口を開く。


「……そうだな、本来であれば喜ばしいことなんだろう。だけど、俺は……いや、これはただの俺の気持ちの問題だ」


 そう言って、ダリオスは小さくため息をついた。何か意気消沈しているように見える。


(ダリオス様、どうしてこんなに気落ちしているのかしら?ダリオス様の気持ちの問題って?)


「あの、何か思いつめていることがあるのでしたら、おっしゃってください。頼りないかもしれませんが、私はこれでもダリオス様の妻です。ダリオス様の心にもちゃんと寄り添いたいと思っています」


 スカイブルーの瞳をダリオスに向けて、セイラは真剣な顔でダリオスに言う。ダリオスは、その顔を見て目を見開き、突然セイラを抱きしめる。


「ありがとう、そしてごめん、セイラ。君のことになると気持ちの制御ができない」


(私の、こと?)


「さっきも言ったが、アルバート様は誰かに肩入れすることも、必要以上に誉めることもなさらない。常に冷静で、物事を俯瞰して見てらっしゃる方だ。アルバート様が誰かを気にいるなんてことは本当に稀なことなんだよ。そんなアルバート様が君を気に入ったとわかった瞬間、俺の心はざわついて仕方がないんだ」


 セイラから少しだけ体を離し、セイラの両肩を両手でしっかりと掴んでダリオスは言う。


「アルバート様はこの国の第二王子だ。もし、アルバート様がセイラを聖女としてではなく、一人の女性と気に入って、妻としてセイラを求めたとしたら、俺は立場上、逆らうことはできない。俺とセイラはすでに結婚しているし、アルバート様に限ってそんなことをするとは思えないが……政治的戦略が絡んでくるとしたら、あり得ない話じゃないんだ。そうなってしまったら、俺は気が狂ってしまう」


 セイラのスカイブールの瞳をじっと見つめて、ダリオスは苦しそうに言葉を紡いでいく。


「騎士として、この国に忠誠を誓うと決めて生きてきた。それは今だって変わらない。もしもアルバート様がセイラを求めたら、当然のように差し出すべきなのだろう。だけど、一人の男としてそれは絶対にできない。できるわけがない。セイラを他の男に渡すなんて、絶対に嫌だ。もしそうなったら、アルバート様の隣にいるセイラを、騎士として俺はずっと見守り続けなければいけなくなる。それが、俺にとってどんなに酷なことか……」


 苦しそうに唸りながら、またダリオスはセイラを抱きしめた。


(ダリオス様、そんなことを考えてらっしゃったのね)


 セイラはダリオスの話に驚くばかりだ。だが、確かに政治的戦略が絡んでくるとすれば、絵空事で済ませられる話ではなくなってくる。セイラはポリウスの国王の娘、つまり元王女だ。アルバートにその気がなかったとしても、その立場を有効利用しようとする人間が、アルバートの周囲にいるかもしれない。そんな最悪なシナリオを想定して、騎士としての思いと一人の男としての思いの間で、ダリオスは一人で苦しんでいた。


 もし、そうなってしまったとしたら、自分はどうするのだろうか。どうするも何も、選べる立場ではないのかもしれない。だが、それでもセイラは、ダリオスの気持ちに応えたいと思った。


「ダリオス様、確かに、政治的なことが絡んでくるとしたら、全くあり得ない話ではないのかもしれません。でも、会議でアレク様が私と結婚するべきなのではと進言した時、国王様はキッパリと否定してくださいました。私とダリオス様の仲を一番に考えてくださいました。もし、アルバート様に同じようなことを言われたとしても、きっとまた国王様が否定してくださいます」


 セイラがダリオスから少し体を離して、ダリオスの顔を見上げる。


「……確かに、それはそうかもしれないが」

「それに、もしも最悪な状況になってしまったとしたら、私はとっておきの方法を使おうと思います」

「とっておきの方法?」

「もし、ダリオス様のそばを離れて他の方と結婚しろと言われたら、私は二度とレインダムのために聖女の力を奮わないと宣言します。私がレインダムのために聖女の力を奮うのは、ダリオス様の妻だからです。だからダリオス様の妻でいられないのなら、聖女の力は今後一切使いません。そう言い切ってしまえば、たとえ誰であろうと私とダリオス様を引き離すことはできないでしょう?」


 セイラの言葉に、ダリオスは両目を見開いて唖然としている。


「いや、それは……聖女である君が、一番許さないことなのではないか?自分のことより国民のことを優先する君が、そんなことを言うなんて信じられない」


 ダリオスにそう聞かれ、セイラは一瞬困ったような顔をしてから、すぐににっこりと微笑んだ。


「ダリオス様に出会う前の私だったら、あり得ないことだったと思います。でも、今はそうしてでも、ダリオス様のお側にいたいんです。聖女としては最低なんだと思います。でも、私は聖女である前に、一人の人間です。国民のためを思うのと同じくらい、自分のことも大切にしろと言ってくださったのはダリオス様です。私は私として、ダリオス様の側にいることを何よりも一番大切にしたいんです。それに」


 セイラはダリオスの片手を両手で握りしめる。


「そう宣言することは、聖女としてレインダムのために力を奮うことも、ダリオス様の側にいることも、きっとどちらも叶うはずです。何も見捨てない、それは聖女として一番大切なことで、それができるんです。自分ができる最大限のことで、守れるはずの人たちをちゃんと守ることができるんですから」


 フフッと嬉しそうに微笑むセイラを見て、ダリオスは両目を大きく見開いて固まっている。そして、次第にダリオスの頬はほんのりと赤らみ始めた。


「セイラ……」


 ダリオスはセイラの名前を一言呟いたかと思うと、すぐにセイラの唇を塞いだ。


「……!」


 そのままダリオスは何度も何度もセイラの唇を執拗に食む。セイラは突然のことに混乱し、ダリオスにされるがままになっていた。



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