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30 最強騎士の心配事

「ダリオス!」


 会議が終わり、セイラとダリオスが会議室を出て廊下を歩いていると、後ろからダリオスを呼ぶ声がする。振り返ると、そこにはアルバートが二人を追ってきていた。


「アルバート殿下」

「呼び止めてすまない。さっきは、アレクが大変失礼な振る舞いをした。二人には本当に申し訳ない」


 そう言って、アルバートはセイラとダリオスへ深々と頭を下げる。二人は驚いて目を合わせてから、すぐに慌ててアルバートへ声をかける。


「殿下!おやめください、殿下が頭を下げるなど!」

「そうです、頭をおあげください!」


 ダリオスとセイラが口々にそう言うと、アルバートは静かに頭を上げた。


「聖女セイラ……ハロルド夫人にもアレクは本当に失礼な態度を取った。この国の王子として、恥ずべきことだ。弟として心が痛む」


 神妙な面持ちでそう言い、拳をぎゅっと握りしめるアルバートを見て、セイラはただただ感心していた。


(アルバート様は本当に真摯な方だわ。私のような人間にもこうして律儀に非礼を詫びて下さるなんて、しかもご自分のことではないのに)


「アルバート様、そんなに謝らないでください。ああ言われても仕方のないことを私の父はしてしまったのです。むしろ謝らなければいけないのはこちらの方です。父と妹が、レインダムに対して本当に失礼なことをしてしまいました。申し訳ありません」


 そう言って、セイラは深々とお辞儀をした。ダリオスは横で複雑そうな顔をしてセイラを見ながら、セイラの背中に手を優しく添える。それを見て、アルバートは小さく微笑んで口を開いた。


「どうか頭を上げてくれ。ポリウスの聖女はこんなにも心の美しい方だったんだな。ダリオスの腕のために売られてきたと聞いた時はどうなることかと思っていたが、いつの間にか腕を治し、この国のために力を奮い、ダリオスとも仲を深めていた。この国にはもはやなくてはならない存在になっていると、父も言っている」


 セイラが顔を上げると、アルバートは微笑みながらしっかりとセイラの瞳を見つめる。


「これからも、どうかレインダムのために尽くしてほしい。レインダムにも、ダリオスにもあなたが必要だ」

「……はい!」


 アルバートの言葉にセイラが目を輝かせながら返事をすると、アルバートも嬉しそうに微笑んだ。そして、そんな二人を、ダリオスはほんの少しだけ神妙な面持ちで見つめていた。





 王城から馬車で帰る途中、セイラは馬車の中でダリオスになぜかしっかりと体を密着させられ腰に手を回されて固定されていた。


(ダリオス様、どうしてこんなに密着してらっしゃるのかしら?隣に座ることはあっても、ここまでしっかりと腕を回されることは稀だわ)


 前に、道が悪くて危ないからとしっかり腕の中に抱えられていたことはある。だが、今回は道が悪いわけでもない。それなのに、まるで逃さないと言わんばかりの密着具合だ。


「あの、ダリオス様?」


 セイラがおずおずとダリオスを見上げ小さく声を出すと、ダリオスは真顔でセイラを見下ろした。


(どうしたのかしら?会議で疲れてしまわれた?)


「あの、道が悪いわけでもないのに、どうしてこんなに密着して座ってらっしゃるのですか?」


 セイラの問いかけに、ダリオスはムッとした顔をして口を開く。


「セイラはこうされていることが嫌なのか?」

「嫌ではありません。でも、こんな座り方をするのは珍しいなと思いまして……」


 不思議そうに首を傾げると、ダリオスは腰に回した手にグッと力を込めてから、小さくため息をついた。


「セイラ、君はアルバート殿下のことをどう思った?」

「どう、と言いますと?」

「そのままの意味だよ」


 ダリオスは何が聞きたいのだろうか?セイラはキョトンとしながらも、少し考える仕草をする。


「そう、ですね。アルバート様はとても真摯で誠実で、アレク様の振る舞いを気にかけてアレク様を陰でしっかりと支えていらっしゃる、そんな印象を受けました。王子として立派な、素敵な方だと思います」


 第一王子のアレクがなかなかに曲者で第一王子とは思えない振る舞いをしていた。そんなアレクを、アルバートは不満を口にすることもなく見捨てることもせず、律儀に対応していたのだ。きっと、人としてできた王子なのだろうとセイラは思い、微笑みを浮かべながらダリオスへ言う。すると、ダリオスはそんなセイラを見て苦しそうな表情を浮かべた。


「やっぱり、君もそう思うか。そうなんだ、アルバート殿下は本当によくできた方で……。いつもはもっと表情を崩すことなく、常に冷静だ。誰かに肩入れすることも、必要以上に誉めることもない。だが、セイラには表情を崩して、随分と誉めていた。きっとアルバート殿下は君のことを気に入っている」



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