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3 聖女としての仕事

「お帰りなさいませ、ダリオス様」

「すまない、また腕輪が壊れてしまった。新しいものを頼む」


 屋敷に到着すると、薄い水色のローブを羽織った銀髪の男性がダリオスたちを出迎えた。ダリオスはその男性に壊れた腕輪を渡す。


「ああ、これはひどい。でも、聖女様がいらっしゃったならもう腕輪は必要ないのでは?そちらが聖女様なんですよね?」

「あ、ああ。ポリウスから来た聖女のセイラ嬢だ。セイラ嬢、こちらは王家専属魔術師のクレアだ。俺の腕輪を作ってくれている」

「初めまして、セイラと申します」


 セイラがお辞儀をして挨拶をすると、男性は銀色の髪をサラリと靡かせて綺麗な深い青色の瞳をセイラに向けて笑顔になる。


「初めまして。クレアです。こんなに美しい聖女様が奥方になるなんて、ダリオス様が羨ましいですね」

「……軽口はいいから、腕輪を」

「だから、聖女様がいるならもう腕輪はいらないでしょう」

「そういうわけにもいかないだろう」

「でも、腕の調子はいいみたいですね。聖女様に浄化してもらったんでしょう」


 クレアがダリオスの左腕を見てからセイラに笑顔を向ける。


(すごい、ダリオス様も整った顔立ちをしてらっしゃるけれど、クレア様も世の女性を虜にしてしまいそうな程の美貌だわ)


 クレアの美しい笑顔に思わず見惚れていると、ダリオスがセイラとクレアの間に割って入った。


「確かに腕の調子はいい。だが、いつもセイラ嬢に頼るわけにもいかないだろ。戦場へ連れて行くわけにもいかないし」


 ダリオスの言葉に、セイラは首を傾げながらダリオスを見て口を開いた。


「戦場へなら行けますよ?ポリウスにいた頃も、戦場には行っていました。防御魔法の結界をはったり、怪我をした騎士たちへ治癒魔法をかけたり、ポーションを作ったり、色々とやることがあったので」

「は?」

「え?」


 セイラの返事に、ダリオスとクレアは一斉に疑問の声を上げた。


(え?そんなに驚くこと?)


 セイラがキョトンとしていると、ダリオスが顔を顰めて口を開く。


「国を支えてくれている聖女を戦場に連れて行くのか?危ないだろう。何かあったらどうするんだ」

「……ポリウスには聖女が二人います。一人くらい欠けようと問題ありません。実際、私はこうしてこちらに送られているわけですし」


(そう、私がいなくてもルシアがいる。ポリウスに私がいなくても何も問題ない)


 苦笑しながらセイラが言うと、ダリオスとクレアは神妙な面持ちで目を合わせた。


「……すまない」

「いえ、気にしていませんから大丈夫です」


 セイラが笑顔で答えると、クレアが眉を下げて微笑み口を開く。


「聖女様、長旅で疲れているのではないですか?ダリオス様の左腕と腕輪についての話はまたあたらめてするとして、今日はひとまずゆっくり休んでください」

「そうだな、気が利かなくてすまない。部屋へ案内しよう」



 そうして、ダリオスに連れられセイラが案内された部屋は、王城で案内された部屋と同じように綺麗で上質な部屋だった。


(王城の時もそうだけど、こんなに良い部屋……私が使ってもいいのかしら)


 セイラが部屋の中をキョロキョロと見渡していると、ダリオスは申し訳なさそうにセイラを見る。


「聖女のあなたにとっては狭いかも知れないが、この屋敷ではこれが精一杯なんだ。申し訳ない」

「そんな!こんな綺麗で広い部屋、私には勿体無いくらいです。ありがとうございます」

「……それなら、よかった」


 嬉しそうに笑うセイラを見て、ダリオスは目を細めて不思議そうに小さく首を傾げた。





 セイラを部屋へ送り届け、執務室に戻ったダリオスは窓の外を見ながら考え込んでいた。


(聖女なのに、戦場へ直接行っていただなんて。しかも、あの部屋を見て自分には勿体無いと言っていた。彼女はポリウスで一体どんな生活をしていたんだ?)


 国のために力を使い、国を支えてくれている聖女であればもっと待遇が良くて当たり前のはずだ。ポリウスの聖女は高飛車で傲慢だという噂を聞いていたが、力を発揮し国を支える立場であれば、そうなってしまうのも致し方ないものなのかと思っていた。だが、実際にやってきたセイラはまるで真逆だ。

 セイラに浄化してもらった左腕はまだなんともない。痛みもなく、禍々しい魔力も放っていない。セイラの聖女としての力が本物だという証拠だ。


(これほどまでの力を持っているのに、戦場へ連れて行かれたり隣国へ簡単に差し出されるだなんておかしいだろう。ポリウスにいるもう一人の聖女は聖女としてもっとすごい力を持っているのか?)


 聖なる力を使い、天変地異を沈めたり瘴気を消したりするのが聖女の役割だと聞いたことはある。だが、実際に聖女のいないレインダムでは、わからないことばかりだ。


 馬車の中でセイラが左腕を浄化してくれた時のことをふと思い出す。


(柔らかくて小さくて、細い手だったな)


 自分とセイラの手の違い、そしてセイラに握られた時の手の感触を思い出して、ダリオスは左手を静かに握りしめた。左腕の痛みが消えたと聞いて嬉しそうに微笑んだセイラの顔がふと頭をよぎって、胸がまた大きく高鳴った。


(どうして、出会ったばかりの彼女の笑顔を思い出して胸が高鳴るんだ)


 窓の外に大きく浮かぶ月を見ながら、ダリオスは小さくため息を着いた。





「それでは、ダリオス様の腕についてお話ししましょう」


 セイラがダリオスの屋敷にやってきた翌日。応接間で、ダリオスとクレア、セイラは三人で話をしていた。


「領地内に瘴気のひどい土地があるのですが、そこで凶暴な魔獣が多数現れたため、騎士であるダリオス様は魔獣の討伐に向かいました。そこで魔獣を倒すことはできたのですが、その際にダリオス様は他の騎士を庇って左腕に怪我を負いました。ダリオス様の左腕が発症したのはそれからです」

「怪我をした際に瘴気が傷口から中に入り込み、内部から侵食している、ということですね」

「恐らくそういうことだと思います。病のことは、騎士団の中では当時一緒に任務に行っていた団員たちと騎士団長しか知りません」


 瘴気は一般の人間には見えない。瘴気が見えるのは魔力が格段に強い国内でも限られた魔術師や、騎士団の中でも限られた人間だ。そのため、ダリオスの左腕から浮かび上がる瘴気にほとんどの人は気が付かない。

 レインダム最強の黒騎士ダリオスが左腕を患っていると知れば、他の国から好機と思われ攻められてしまうかも知れない。それを危惧して、国王はダリオスの病をごく限られた一部の人間にしか公表しておらず、知っている人間には箝口令(かんこうれい)を敷いていた。


「私の治癒魔法で瘴気の力を抑えることはできますが、私が使えるのはただの魔法。聖なる力ではないので浄化はできず、瘴気を消すことはできません」


 ダリオスは左腕を目の前に出すと、腕まくりをした。左腕にはうっすらと黒いシミのようなものが浮かび上がっている。


「普段はもっと黒く、はっきりとしている。きっと昨日あなたに浄化してもらったおかげで、今はこのくらいの薄さになっているんだろう」


 そう言って、ダリオスは袖を元に戻した。


「セイラ様には、このダリオス様の病を治していただきたいのです」

「わかりました。これだけ内部に侵食しているとなるとすぐに、とはいかないと思いますが、時間をかければ徐々に治せるとは思います」


 セイラの言葉に、ダリオスとクレアは目を合わせて笑顔になる。


「この国には聖女がいない。ずっとこの病と向き合って生きていかなければいけないと思っていたが、あなたが来てくれて本当によかった。ありがとう」

「そんな、きちんと治ったわけではありません。まだお礼を言われる程のことはしていませんので」


 両手を大きくふって慌ててセイラがそう言うと、ダリオスとクレアは微笑む。


「実は、ポリウスの聖女様は高飛車で傲慢だという噂を聞いていたんだ。だから、まさかこんなに謙遜されるとは思わなかった。噂は偽りだったんだな」


(高飛車で傲慢……まさか、ルシアのこと……?)


 ルシアの普段の態度を思い出してどきりとする。ルシアはセイラだけではなく、城内や街の人たちにも常に上から目線だった。聖女として表舞台にでているのはルシアなので恐らくはルシアのことなのだろうが、まさかそれが噂話で隣国にまで伝わっているとは思わず、セイラは思わず苦笑いをする。


「そうだ、セイラ様。腕輪に、セイラ様の力を付与することは可能でしょうか?」

「腕輪に、私の力を?」

「はい。なるべくダリオス様の側に一緒にいていただくつもりではありますが、それでもやはりセイラ様を危ない場所へお連れするのは気が引けます。万が一ダリオス様がセイラ様と離れることがあっても、セイラ様の力を腕輪に付与しておければと思いまして」

「わかりました。実際にやってみないとわかりませんが、試してみます」

「ありがとうございます。腕輪の仕組みについてなのですが……」


 クレアとセイラが和気あいあいと話をしている横で、ダリオスはなんとなくつまらなそうな顔をして二人を眺めていた。クレアと話をするセイラの笑顔は可愛らしく、その笑顔がクレアに向けられていることがなんとなく気に食わない。胸の中がもやもやとして、嫌な感じがしている。なぜそんな気持ちになるのかわからず、ダリオスの表情に不機嫌さが増していく。

 そんなダリオスをクレアは横目でチラリと見ると、フフッと小さく笑みをこぼした。



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