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26 誤解

 ポリウス各地を周り瘴気を浄化してきたセイラたちは、ようやくレインダムへ帰ってきた。


「国王への挨拶と報告は、明日行うことになっている。色々あって疲れただろう?今日はゆっくり休んで、セイラ」


 屋敷に着いてすぐ、ダリオスにそう言われたセイラは、荷ほどきをすませて湯浴みをして、自室に戻り部屋の中を見渡してほっと息を吐いた。


(ああ、なんだかとても安心するわ。ポリウスの方が故郷なのに、なぜかレインダム、ダリオス様のお屋敷に戻ってきた方が安心感がある。ここでの生活が本当に楽しく、幸せだからよね)


 旅の間は色々とあってずっと気を張り詰めていた。緊張の糸が解けたのだろう、セイラはベッドに横になると、ベッドの柔らかさと洗い立てのいい香りに包まれてつい頬が緩んでしまう。ふと、左手の薬指の指輪が部屋の明かりに照らされてきらりと光った。


(そういえば、この指輪はポリウスにいる間、ダリオス様の妻という証のためにつけてて欲しいと言われていたけれど、帰ってきたのだから、お返ししたほうがいいのかしら?)


 正式な結婚指輪は後日、ゆっくり二人で選ぼうと言っていた。このままつけていていいのか、ダリオスに聞くべきだったと思いながら手をかざして指輪を眺める。


(それにしても、魔法でサイズ調整されていると行っていたけれど、本当にピッタリ指にはまっている。私が外したいと思わない限り外れないと言っていたけれど、本当に?)


 疑うわけではないけれど、ほんのちょっとした出来心だった。セイラは指輪を外して見ようと右手で指輪を掴むと、指輪はするり、と簡単に抜けた。


(えっ、本当に外れた!あんなにピッタリはまっていたのに!すごい)


 身体を起こして指輪を明かりに照らして眺めていると、指輪についている小さな一粒のオーロラ色の石がキラキラと輝いている。


「綺麗……!」


 うっとりして眺めていると、ドアがノックされた。


「セイラ、入るよ」

「はい」


 ダリオスがティーセットを持って部屋に入ってきた。


「疲労回復と心が落ち着くハーブティーだ。そこでメイドが持ってこようとしていたから、代わりに俺が持ってきたよ……って、セイラ?」


 ティーセットをサイドボードに置きながら、ダリオスはセイラの手を見て目を見開く。


「どうして、指輪が?」

「あ、これは……」

「まさか、やっぱり俺のことが嫌いになったのか?やっぱり俺のことが怖くなって、指輪を外したのか!?」


 セイラが指輪を外して片手に持っていることに気づいたダリオスは血相を変えてセイラの手首を掴む。


「えっ、ちが……」


 セイラが否定する間もなく、ダリオスはセイラをベッドの上に組み敷いた。


「言っただろう、君がどんなに俺を怖いと思ったとしても、俺は絶対に手放さないって」


 苦しそうにそう言って、ダリオスはセイラの両手首を掴んだまま、セイラに強引に口づける。セイラが持っていた指輪は、反動でセイラの手からベッドの上にポロリと落ちた。


「んんーっ!!」


 セイラが抗議の声を上げようとうするが、ダリオスに口を塞がれていて声にならない。ダリオスは何度もセイラに口づけてから、ようやく唇を離してセイラの首元に顔を埋めた。息つぎもままならなかったセイラは、頭がぼうっとしてしまっている。


「お願いだ、お願いだから俺から離れないでくれ……こんな気持ちになるのは初めてなんだ。君を失いたくない、君と一緒にいたい」

「ダ、リオス様……誤解、です」


 はあはあと息を整えながら、セイラはなんとかダリオスに声をかけた。


「誤解?」

「ダリオス様が怖いから外したわけではなくて、ただ単に本当に私の意思だけで外れるのかなと思っただけです。そしたら外れたので、石を光に当てて綺麗だなと思っていたのに……」

「え」


 顔を上げたダリオスは、不安げな目をしながらも明らかに動揺した顔をしている。セイラが顔を真っ赤にしながら涙目でダリオスを見ると、ダリオスの顔は徐々に青ざめていった。


「ほ、んとう、に?」

「本当です!」


 涙目になりながらもキッ!とダリオスを睨むと、ダリオスは絶望的な顔をしながらセイラの両手首を離してセイラから離れ、ベッドの脇に座りなおして両手で顔を覆う。


「すまない……本当に……俺は最低だ」


 両手で顔を覆ったまま小声で謝るダリオスを横目で見ながら、セイラはゆっくりと体を起こして小さくため息をつく。


「ダリオス様、ちゃんと私の顔を見て謝ってください」


 セイラがそう言うと、ダリオスは肩をビクッと震わせ、動かなくなる。だが、少し経ってから両手を下ろし、恐る恐るセイラの方を向いた。その顔は、この世の終わりだと言わんばかりの顔をしている。


(ダリオス様のこんな顔、初めて見たわ)


 セイラが驚いていると、ダリオスは力なくセイラの方へ体を寄せて、セイラの左手を取る。


「……すまない、本当に、どうかしていた。あんな、身勝手で乱暴なことするなんて最低だ……ひっぱたいてくれて構わない。どうしたら許してくれる?セイラが許してくれるなら何だってする、何だってするから、嫌いにならないでくれ」


 最後の方は蚊の鳴くような小さな声になっている。きゅっと左手を握るダリオスの手は、少しだけ震えているようだ。


(ダリオス様、どうしてこんなに私のことを……?)


 あまりの様子に、セイラは面食らってしまう。旅の終わりに、ルシアたちへ向けた恐ろしい形相のダリオスと本当に同一人物だろうか?そう思えてしまうほど、今のダリオスはあまりにも弱々しく思えた。


 セイラが無言なことでダリオスはさらに不安になってしまったのだろう。セイラを見つめる瞳はいつもの心強さを消し、すっかり不安で搖れている。


(いけない、黙ったままだとダリオス様をもっと不安がらせてしまう)


 慌ててセイラはダリオスを見つめながら口を開いた。


「ダリオス様、驚きましたけど嫌いになってませんから大丈夫です。でも、早とちりはやめてくださいね。ダリオス様らしくないです」


 セイラが優しくそう諭すと、ダリオスはセイラを見つめながら小さく息を吐いた。


「らしくない、か。自分でもそう思うよ、君のことになると、どうしてか我を忘れてしまう。こんな気持ちになるのははじめてで、どうしていいか全くわからない」


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