21 救済
牧師の体から瘴気が溢れ出る。まるでその瘴気に動かされるように、牧師はセイラに襲い掛かるが、ダリオスがセイラを庇いながらよけた。
「クレア、セイラを頼む」
ダリオスがクレアにセイラを預けると、クレアはセイラを守るようにして立ち、周囲に結界をはった。牧師は瘴気を纏いながらダリオスに襲い掛かる。ダリオスが素手で防ぐが、牧師の力が強すぎてダリオスは小さくうめき声をあげる。思い切り跳ね返すと、ダリオスは鞘に収まったままの剣で応戦する。
攻防を繰り返し、ダリオスは何とか牧師を地面にねじ伏せ、鞘に収まったままの剣で抑えつけた。
「セイラ!はやく浄化を!……この体制が、いつまでもつか、わからない……!」
「ダリオス様……!」
牧師から出る瘴気がダリオスの体に纏わりつき、ダリオスを締め上げている。ダリオスは懸命に耐えているが、かなり苦しそうだ。
(早く、早く浄化しないと!)
セイラは両手を顔の前に組んでおでこに当て目を閉じる。
ーー聖女の力にて、この街を浄化したまえ。瘴気を消し去り、人々に安心と安定をもたらしたまえ
セイラが祈ると、セイラの体から神々しいほどの光がどんどん広がっていく。光は街全体へ広がり、何度も何度も光がセイラから放たれた。セイラから放たれた光が徐々に止んでくると、街に蔓延していた瘴気が薄くなり、綺麗に消えて無くなった。
ダリオスに抑えつけられていた牧師から出ている瘴気も、次第に止み最後は無くなっていた。瘴気が無くなり、牧師の瞳に一瞬だけ光が宿ると、牧師は気を失った。
セイラはほうっと小さく息を吐き、目を開く。ダリオスを見ると、ダリオスは立ち上がって頷く。
「大丈夫ですか!?」
「ああ、大丈夫だ」
ダリオスがそう言って小さく微笑むと、セイラはホッとする。
(ダリオス様、ご無事でよかった。牧師様は……?)
セイラは牧師の元へ駆け寄り、牧師に声をかける。だが、牧師は目を覚まさない。
「かろうじて生きてはいるようですが、生気がほぼほぼ失われています。俺が治癒魔法をかけましょう」
クレアがそう言うと、牧師に治癒魔法をかけた。牧師の体が緑色の光に包まれると、牧師はカハッと息を吐いてから瞳をゆっくりと開いた。
「牧師様!」
「……聖女、様?」
クレアが治癒魔法をかけたおかげで、牧師の目の下にあったクマは消え、顔色も良くなっている。牧師はセイラを見ると目を輝かせて安堵したように微笑んだ。
「ああ、聖女様、来てくださったんですね」
「街全体の浄化を行いました。……遅くなってしまい、申し訳ありません」
「聖女様のせいではありません。国に何度も浄化の嘆願を行ったのですが、何の音沙汰もなく、いつの間にかあんなことに……。噂で、いつも来てくださっていた聖女様が、隣国に売られたと聞いていたので心配していたのですが、こうして来てくださって本当にありがたいです」
(私のことを心配してくれていたのね……もし来るのが遅かったら、この街の人たちは正気を失って争い合い、全滅していたかもしれない)
間に合って本当に良かった。セイラが牧師に微笑むと、牧師はセイラを見て優し気に目を細める。
「隣国に売られたと聞いて、もう二度と来てもらえないかと思っていました。隣国で何か酷い目にあっていないかと心配でしたが……いつもは目深にフードを被っていらしたあなたが、今はこうしてフードもかぶらず、凛としていきいきとしてらっしゃる。隣国でも幸せに暮らしてらっしゃるのですね。本当に良かった」
微笑んでそう言う牧師の言葉に、セイラの胸はじんわりと熱くなっていた。牧師たちだってどれほど大変だっただろうか、それなのに、こうしてセイラのことを思ってくれているのだ。
「ありがとうございます。レインダムでは、本当に良くしていただいています。あの、こちらにいるハロルド卿たちのおかげで、私はこうしてまたポリウスに戻ってくることができました」
(夫です、と言うべきなのかもしれないけれど、なんだかまだ恥ずかしくて言えない)
急に紹介されてダリオスは一瞬驚くが、すぐに牧師に向かってお辞儀をする。ダリオスの後ろで、クレアも微笑みながらお辞儀をした。すると、牧師は驚いた顔でダリオスを見つめる。
「ハロルド卿……たしか、レインダムの黒騎士のお名前では?ここは小さい街ですが、これでも牧師、隣国のことについても情報はそれなりに入ってきます。確か聖女様はレインダムで黒騎士と結婚したと噂で聞いておりましたが、そうでしたか……聖女様はこんな素晴らしい方と結婚なさったのですね。それなら安心だ」
(えっ、結婚したことも噂になっていたの?)
セイラが動揺しつつも少し照れると、牧師は微笑みながら話を続ける。
「ハロルド卿、そして魔術師の方、この度は本当にありがとうございました。ただの牧師である私がこんなことを言うのもおこがましいのですが、どうかこれからも聖女様のことをよろしく頼みます。聖女様は、ポリウスの国民にとってかけがえのない方です。今までもたくさんの街や村の人々が聖女様によって救われてきました。どこにいようとも聖女様が幸せであることが、我々国民にとっても幸せなのです」
牧師の言葉を聞いて、セイラの瞳に薄っすらと涙がにじむ。こんなにも自分は国のひとたちに思われていたのだと感動のあまり心が震え、セイラはそっと瞳を閉じる。
「もちろんです。何があっても、レインダムの黒騎士の名にかけてセイラを守り幸せにします」
ダリオスはそう言って力強く頷いた。それを見て牧師様は、嬉しそうに微笑み、セイラへ視線を向けた。
「聖女様、本当にありがとうございました。この街は聖女様のおかげでもう大丈夫です。恐らく聖女様たちはポリウス内を巡ってらっしゃるのでしょう?きっとこの街だけを浄化しに来たわけではありませんよね。ここのことは気にせず、どうか先を急いでください」
「えっ、でも、まだ街の人たちの中にも治癒魔法が必要な人がいるかもしれません」
セイラが戸惑い気味にそう言うと、ダリオスとクレアも頷く。だが、牧師は優しく微笑みながら首を振った。
「私も治癒魔法を使えます。聖女様たちのおかげで、魔力まで回復しました。だから何とかなります。聖女様たちにばかり甘えているわけにもいきません。自分たちのことは、自分たちで何とかするのが筋でしょう」
(でも、牧師様だって瘴気から解放されたばかりなのに……お一人では街の人たち全てを見ることなんて不可能だわ)
牧師の有無を言わさない真剣な眼差しに、セイラは返答に困っている。その時、クレアが口を開いた。
「そうであれば、俺がここに残りましょう。最低限必要な人たちに治癒魔法をかけたら、すぐにダリオス様たちを追いかけます」
「ああ、そうしてくれると助かる」
ダリオスが頷いてそう言うと、牧師は目を見開いてクレアを見つめ、慌てた。
「そんな!お見受けしたところ、あなた様は相当な魔力の持ち主、レインダムでも凄腕の魔術師なのでしょう?そんな方に甘えるなど……」
「いいんですよ。俺はダリオス様とセイラ様のために、ここに残ると言っているんです。だからあなたが気にする必要はありません。それに、残らずに立ち去ったら後々ダリオス様に怒られてしまいます。俺を助けるためだと思って、ね?」
牧師が困ってしまわぬように、クレアはあえてそんな言い方をしたことに気付き、ダリオスは小さく口の端を上げる。
「なんと……!本当に、どうお礼を言っていいか……」
瞳を潤ませながらそう言う牧師を見て、セイラとダリオスは目を合わせ、静かに微笑んだ。




