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2 謁見と黒騎士

「隣国ポリウスより聖女セイラ様がお越しになりました」


 セイラが謁見の間に通されると、目の前に玉座が見える。玉座には王が座り、そのすぐ右下には騎士と思われる男性が立っていた。


(えっ、あれは一体……!?)


 セイラは王の近くにいる男性を見て怯えた。黒髪にエメラルド色の瞳のその男性は、左腕から禍々しい瘴気のようなものが浮き上がっている。セイラがその男性の左腕に釘付けになっていると、男性はセイラの表情を見て一瞬だけ顔を顰めた。


「我が国へようこそ、聖女よ。長旅で疲れたであろう」

「い、いえ。お初にお目にかかります、小国ポリウスより参りました聖女、セイラと申します」


 深々とお辞儀をしてセイラが挨拶をすると、国王は開いているのかわからない細い瞳をさらに細くしながら微笑んだ。


「聖女セイラよ、先ほどからそなたの表情を見ていて察しはつく。やはり聖女であるそなたには見えておるのだな。そなたが呼ばれたのはまさに、ここにいる我が国が誇る王都騎士団の黒騎士、ダリオスの左腕の病を解いてほしいからなのだ」

「病……」


 セイラが王からダリオスに視線をまた向けると、その左腕からは相変わらず禍々しい瘴気のようなものが浮かび上がり、左腕をきつく締め上げている。普通の人間であればその痛みに呻き声をあげ、その場に崩れ落ちてもおかしくないほどのものだ。


(あんな状態なのにあの方は平然としてらっしゃる……すごいわ)


 レインダムの王都騎士団の黒騎士の噂は聞いたことがある。数々の戦場で軍功を挙げてきた騎士と名高く、その黒騎士という呼び名を聞くだけでポリウスだけではなく近くの諸国から恐れられているのだ。全身を黒い騎士服で包み、気配を消してどこからともなく突如現れることから黒騎士と呼ばれているらしい。確かに、今も真っ黒な騎士服を纏っていた。


「聖女のそなたであれば、この病を治すことができるだろうと見込んでのことだ。それから、そなたがこの国で問題なく暮らすために、ダリオスとは結婚をしてほしい」

「……え?け?結婚ですか!?」


 突然の話にセイラは唖然として王を見つめるが、王の目は細すぎて何を考えているのかわからない。


「もちろん、ダリオスの病が治るまでの間で構わない。隣国、しかも敵対している国から聖女が来たとなれば、そなたを快く思わないものも多いだろう。和睦のため、ポリウスからの人質としてダリオスと結婚することにすれば、文句は言われまい。ただの人質であれば待遇も悪くせざるを得ないが、ダリオスの結婚相手とあれば待遇も良くすることができる」


 ちなみに、と王は細い目を一瞬だけ見開いてセイラを見る。


「ダリオスの腕について知っている者は、ごく限られた者のみだ。よって、そなたが我が国に来たのがダリオスの腕を治すためだと知っている者も限られている。そなたが来たのはあくまでも国の和睦のため、ということになっておる」


 王がそう言ってダリオスへ顔を向けると、ダリオスは小さく頷いてからセイラの元へ歩いてくる。そしてセイラの前に跪き、セイラの片手を右手でそっと取った。


「あなたにとっては不服かもしれませんが、俺を助けるためと思ってこの契約結婚を受け入れていただきたい。あなたには何不自由させないと誓おう」


 そう言って、セイラの手の甲にそっと口づけをする。ダリオスの唇の感触が伝わって、セイラの顔は一気に赤くなった。だがそんなセイラの顔をダリオスは無表情で見つめすぐに立ち上がり、セイラの横に立った。


「頼んではいるが、聖女セイラよ。実際にそなたに選択肢がないのはわかっておるな」


 細い目をセイラに向けて王は静かに言う。セイラはおろしている手をぎゅっと握りしめて王を見つめ返した。


「……わかっています。私は、ポリウスとレインダムの和睦のため、こちらに送り込まれました。私のすべきことは、ダリオス様と結婚して病を治すこと」

「飲み込みが早くて助かる。それではダリオス、後は任せたぞ」

「はい」


 ダリオスはセイラの手をとってエスコートする。セイラはダリオスの左腕を心配そうに見ながら、ダリオスについていった。





 王への謁見が終わり、ダリオスの屋敷へ向かうため、セイラはダリオスと一緒に馬車に乗っていた。ダリオスは王城の近くの領地に屋敷を構えているらしい。


「突然のことで不安かと思うが、この腕が治ればまたポリウスにあなたをお返しするつもりだ。書類上で結婚という形をとるが、あなたを愛することはないし、不必要に触れることもないから安心してほしい」


 感情の見えない顔でダリオスがセイラへ告げる。


「わかりました。……これからよろしくお願いします」


 そう言ってセイラが小さくお辞儀をすると、ダリオスも小さく頷いて窓の外へ目を向けた。


(左腕、痛くないのかしら……)


 ダリオスの左腕の禍々しい黒い瘴気は、相変わらず左腕をきつく締め上げている。ダリオスは飄々としているが、どう考えても激痛が走っているはずだ。


「あの、腕は痛くないのですか?それだけ締め上げられていては、相当な痛さだと思うのですが……」


 おずおずとセイラが尋ねると、ダリオスはああ、と左腕に視線を落とした。


「普段はこの痛みを軽減する魔法の腕輪をつけている。だが、病の力が強すぎて腕輪はすぐ壊れるんだ。王城へ来る前にも壊れてしまって今はこの有様だ。帰ったらすぐに新しい腕輪に交換してもらわないといけない」


 胸ポケットからハンカチに包まれた、粉々になった腕輪をセイラに見せる。そしてすぐにまた胸ポケットへしまうと、右腕で左腕を静かにさすっている。左腕は時折痙攣しており、恐らくは痛みを我慢しているのだろう。


(やっぱり、痛いんだわ……)


「あの、左腕をこちらに」

「?」


 セイラが遠慮がちにダリオスの左腕を掴む。ダリオスは驚いて手を引っ込めようとするが、セイラは掴んだ左手をきゅっと握りしめた。


(騎士様の手……ゴツゴツとして豆がたくさんついている。日々の鍛錬や戦の厳しさがわかる手だわ)


 セイラはダリオスの手をとって愛おしそうに見つめた。そんなセイラの様子に、ダリオスは戸惑いを隠せない。


「一体何を……」


 ダリオスが尋ねると、セイラは両手でダリオスの左手を包み込み、額に当てて静かに目を瞑った。


(どうか、この方の痛みが和らぎますように)


 セイラが祈ると、セイラの手から光が漏れ出す。その光はダリオスの左手へ伝い、一瞬大きく光って消えた。


「!」


 セイラが目を開いて手を離すと、ダリオスは左手をまじまじと見つめ、驚いた表情で左手を握ったり離したり色々と動かしている。腕輪をしていないのに、なんの問題もなく動かせるだなんてあり得ない。痛みの消えた左腕にダリオスは驚きを隠せないでいる。


「痛くない……これは、あなたの、力なのか?」

「はい。私の力が効いたのならよかったです。いつまで保つ(もつ)かはわかりませんが、当分は痛みが出ないかと思います」


(よかった、私の浄化の力が効いたみたい)


 ホッとするセリアに、ダリオスが驚愕の眼差しでセイラを見つめ尋ねる。するとセイラはフワッと嬉しそうに微笑んだ。まるでその場に花が咲いたような微笑みで、ダリオスの胸は一瞬高鳴った。


「そ、う、なのか。……ありがとう」

「いえ、私の役目なので。それよりも、ダリオス様はすごいですね、あれほどの状況であれば激痛でその場に立ってもいられないはずです。それなのに、顔にも出さす平然としてらっしゃる。騎士としての立ち振る舞いとしては当然のことなのかもしれませんが、本当にすごいことだと思います」


 そう言って、セイラはまた静かに微笑んだ。今度は尊敬の念がこもった微笑みを向けられ、またダリオスの胸が一瞬大きく高鳴る。自分の心臓の変化に戸惑ったダリオスは思わず目を逸らし、肘をつくふりをして自分の手で顔を隠して窓の外を見た。




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あなたを愛することはないとかいって、少し怪我がなくなっただけで惚れそうになるのね、チョロ(笑)
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