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18 指輪

 ルシアがセイラを訪ねた日から数日が経ち、いよいよセイラたちがポリウスへ行く前日になった。この日、セイラはダリオスの執務室へ呼ばれていた。


「呼び出してすまない。俺が君の部屋に行ければよかったんだが、ポリウスへ行く前に片付けていかなければいけない仕事があって、手が離せないんだ」

「いえ、お忙しいのは重々承知しています」


(この国最強の騎士と言われるダリオス様だもの、元々お忙しい方ではあったけれど、ポリウスへ行かなければいけなくなって余計に忙しくなってしまったんだわ)


 申し訳なさそうにセイラが微笑むと、ダリオスは目を通していた書類を机に置いて、引き出しから何かを取り出し、ソファにいるセイラの横に座った。


「出発する前に、これを君に渡しておこうと思ったんだ」


 そう言って、ダリオスは引き出しから取り出した小箱をセイラの前で開ける。そこには、小さな一粒の石が付いた指輪があった。宝石はとても小さいが、オーロラ色に輝いてキラキラしている。


(きれい……!)


「これは、我が家に古くからある指輪だ。代々、男子が生まれるとこの指輪を預けられ、大切な相手へ送ることになっている。俺は生涯独身でいるつもりだったから必要ないと思っていたが、俺にとって君は大切な存在だ。君にこれを送りたい」


 そう言って、セイラの左手をとり、そっと指輪をはめる。不思議なことに、指輪はセイラの薬指にピッタリとハマった。


「魔法で指輪の大きさの調節が勝手に行われるから、君が外したいと思わない限り外れることはない。結婚指輪は君と一緒に、君の好みのものを選んで送ろうと思っている。けれど、ポリウスへ行くに当たり、君が俺の妻だという証を君につけていて欲しかったんだ」


 ほんの少し、ダリオスの耳が赤い。きっと照れているのだろう。セイラは驚きながらも胸のトキメキが抑えられない。


「クレアに頼んで、この指輪に守りの魔法を付与してもらった。君のことは俺が絶対に守ると決めている。だが、あちらでは何が起こるかわからない。もし予測不能なことがあっても、この指輪が君を守ってくれる。指輪をはめてから言うのもなんだが、これを受け取ってくれるだろうか?」


(ダリオス様、こんな大切な指輪へ、私のためを思って魔法をわざわざ付与して下さったの?私なんかのために……こんなに良くしてもらえるなんて信じられない)


「ダリオス様、こんなに素敵な、大切な指輪をくださってありがとうございます。しかも、魔法まで付与してくださるなんて、身に余る光栄です。私なんかがこんなことまでしてもらえるなんてまるで夢みたいです」


 頬を赤らめながらフワッと微笑むセイラを見て、ダリオスは胸が大きく高鳴った。


「君だからだ。君だから俺は大切に思うんだ。自分なんかだなんて卑下しないでくれ」

「そんな、ただの聖女である私が、ダリオス様の妻としてこんなに大切な指輪をいただけるなんて……本来であればダリオス様のような素敵な方にはもっとふさわしい方がいるはずです。それなのに、私は聖女だからとダリオス様の隣にいることができてしまう。だからこそ、私はちゃんと自分のこの力を、レインダムとダリオス様のために役立てたいと思っています」


(ダリオス様への気持ちは、きっと言うべきではない。でも、聖女としての気持ちなら、いくらでもお伝えすることができるもの)


 指輪を優しくなでながら、セイラは眉を下げて微笑む。そんなセイラの言葉に、ダリオスは美しいエメラルド色の瞳を不安げに揺らした。


「君は……やっぱり、聖女とでしか俺のそばにはいてくれないのか?」

「え?」


 ダリオスが、セイラの両手をそっと握る。


「俺は、聖女としての君を大切に思っている。それは、レインダムの騎士として当然のことだ。だが、俺は君に対してそれだけではない気持ちも持っている」


(それだけではない気持ち……?)


 セイラが戸惑いながらダリオスの瞳を見つめると、エメラルド色の瞳の奥に、何かとてつもなく熱いものを感じて胸がドキリとする。


「俺は、聖女という肩書とは関係なく、君に惹かれている。君が大切で、愛おしい。君から向けられる笑顔に心は喜びのあまり張り裂けそうになるし、君が他の男と楽しそうに話をしているだけで、……その、胸の中がモヤモヤしてしまう」


(えっ、……ダリオス様?)


「聖女とは関係なく、俺は君にそばにいてほしい。叶うなら君と本当の夫婦になりたいんだ。俺は、君の髪の毛にも、肌にも、唇にも、そして心にも……全てに触れたい。こんな気持ちを君に抱いてしまうことは、いけないことだろうか?」


 ダリオスの手がセイラの元へそっと伸びる。その手は、セイラの髪の毛に優しく触り、それからセイラの頬を優しく撫でた。その手の感触に、セイラは思わず顔を赤らめる。


(そんな、まさか、ダリオス様が私のことをそんな風に思ってくださってるだなんて……!)


 自分はダリオスにとって、ただ聖女としてそばにいてほしい存在なのだと思っていた。ダリオスの甘い視線や発言に、勘違いしてはだめだとずっと思っていたのだ。だが、ダリオスは本当にセイラのことを大切に愛おしく思っている。


 ダリオスの瞳は、セイラの返答を待っているかのように甘く、熱い。


「私はずっと、聖女としてではない気持ちでダリオス様のそばにいてはいけない、そう思っていました。ダリオス様はきっと、聖女として私を必要としているのだからと。例えそうだとしても、それでも私はダリオス様のそばにいられるなら幸せだと思っていました。でも本当は、私も聖女としてではなく、私自身としてダリオス様のそばにいたい。……私も、ダリオス様に、触れてほしいです」


 緊張しながら絞り出すようにして発せられたセイラの声はか細く小さい。それでも、ダリオスの耳にはしっかりと届いていた。セイラの言葉を聞いて、ダリオスは両目を見開き、心底嬉しそうに微笑む。セイラの頬に手を添えたまま、ダリオスはセイラの瞳を覗き込んだ。


「よかった。好きだよ、セイラ。君のことを、愛している」


 その言葉にセイラが驚きながらも顔をより一層赤らめ、嬉しそうに微笑むと、ダリオスは顔をセイラに近づけて静かに唇を重ねた。










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