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14 国王の決断

 セイラがレインダムにいたいとダリオスに伝えてから、一週間が経った。この日、セイラとダリオスは国王に呼ばれ、謁見の間にいた。


「聖女セイラよ、ダリオスの腕の治療は順調に進んでいるようだな」

「はい、もうすぐ完治できそうです」

「そうか、それはよかった。ダリオスは我が国にとって必要不可欠な騎士だ。一生治らないかもしれないと危惧していたダリオスの腕がついに治るのだな。そなたには感謝してもしきれない。本当にありがとう」

「そんな……勿体無いお言葉です」


 セイラが深々とお辞儀をすると、国王は微笑み、開いているのかわからないほど細い目をダリオスに向けた。


「さて、ダリオスよ。セイラと共に呼んだのは他でもない、隣国ポリウスのことだ。そなたにはもうすでに情報が耳に入っているようだが、ポリウスは今、危機的状況に陥っているという」

「はい」

「それでだ。ポリウスから、セイラの一時的な返還を求められている。最初は聖女の交換をと申し込まれたのだが、聖女の力を使えない聖女を押し付けようとするなどこちらを馬鹿にするのも甚だしい」


 国王はふん、と鼻で笑い、細い目をさらに細くする。


(ルシアと私を交換?父上ったら、レインダムへよくそんな提案ができたものね……こちらの国王様がお怒りになるのも無理はないわ)


 自分の父親であるポリウスの国王の言動に、セイラは居た堪れなくなり思わず俯く。ダリオスはセイラの隣で眉を盛大に顰めていた。


「それでだ、一時的な返還についてだが、セイラよ。そなたはポリウスへ帰りたいか?」


 国王に問われ、セイラはハッと顔を上げる。セイラが答えるより先に、ダリオスは国王の顔を見て神妙な顔をしながら口を開いた。


「失礼ながら、もしセイラ嬢が一時的にポリウスに帰還したとして、ポリウスの国王や聖女はおそらくセイラ嬢をもうレインダムへ寄越すつもりはないでしょう。きっと、そのまま彼女をポリウスに居させるつもりです。彼女を一時的でもポリウスに帰還させるのは、もう二度と彼女がレインダムに聖女として戻ってくる可能性が低くなると言うこと。それはレインダムとして良い判断ではないと思われます」


 はやる心を落ち着かせるように降ろしている手をぎゅっと握りしめ、ダリオスは落ち着いた口調で言う。こう言えば、きっと国王もセイラの帰還を簡単に良いと言うことはないだろう。


「ふむ、確かにな。だがダリオスよ、(わし)はまずセイラに気持ちを尋ねておる。お前が彼女を手放したくない気持ちはよくわかった。レインダムのためという気持ちはもちろんであろうが、何よりお前自身が彼女を手放したくないのであろう?表に出さないようにしているつもりではあろうが、焦る様子のお前を見ていればわかる。ふっ、女性に興味のきの字もなかったお前が、そんなにも心を傾けるとは。だが、まずはセイラの気持ちを聞きたいのじゃ」

「……申し訳ありません」


 この国王は何もかもお見通しだ。ダリオスが神妙な面持ちで謝罪すると、国王はフォフォフォと小さく笑い、顔をセイラへ向ける。


「して、セイラよ。そなたはどう思っておる?」


(私の気持ち。ダリオス様にもお伝えした気持ちを、ちゃんと国王様にもお伝えしなきゃ)


 心臓がバクバクと大きく鳴り、全身の血の気が引いているせいで両手はまるで氷のように冷たい。緊張で今にも倒れてしまいそうだ。だが、倒れるわけにはいかない。セイラは胸の前で震える両手を握り締め、ダリオスの顔を見た。ダリオスもセイラを顔を見て、しっかりと頷く。そんなダリオスに勇気づけられ、セイラは国王の顔を見上げた。


「私は……、私は、国王様が許してくださるならレインダムにいたいと思っています。レインダムのため、ダリオス様のために聖女としての役目を果たしたいのです」

「なるほど」


 細い目をゆっくりと開き、国王はセイラを見つめている。その目は、セイラの本心を探るかのような目だ。


「そなたが聖女としてレインダム、そしてダリオスを思ってくれる気持ちはありがたい。だが、ポリウスはそなたの故郷。そもそもそなたは政治的材料でレインダムへやってきた。ダリオスの腕が治れば、故郷であるポリウスに帰りたいと思っても不思議ではない。ここにいるより、故郷に帰った方がそなたは幸せなのではないか?」


 国王の言葉に、セイラは胸の前で握りしめた手をさらに強く握りしめる。そうしなければ震えが止まらないのだ。


(もしかして、国王様は私を帰したいと思っている?……私はここにいない方がいい?)


 ダリオスの腕が治れば、国王にとってはセイラは必要ない人間なのかもしれない。セイラの中で不安が大きくなる。ここにいたいけれど、そんな自分勝手な思いをこれ以上国王に言っていいのだろうか。

 セイラが言葉を失って呆然としていると、横から強い視線を感じた。セイラが視線の先に目を送ると、ダリオスが真剣な眼差しでセイラを見て、力強く頷いた。宝石のようにキラキラと輝くエメラルド色の瞳はまるで、大丈夫だと背中を押してくれているかのように強くて優しい。ダリオスのその瞳を見て、セイラの不安が少しずつ溶けていく。


(昨日、ダリオス様は私を必要だと言ってくださった。私も、ダリオス様のそばにいたい。これが、私の身勝手な思いだとしても、それでも、ダリオス様の気持ちに応えたい。それに、私は、聖女としてレインダムのために役に立ちたい)


 すうっと小さく深呼吸して、セイラはまたしっかりと国王を見つめる。


「……私は、ポリウスよりレインダムにいたいのです。確かにポリウスは故郷。ですが、レインダムでの生活がとても楽しくて幸せで、私にとってはここで過ごした日々はとてもかけがえのない素敵な時間なのです。私は、レインダムのために聖女としての役目を果たしたい。ここに住まう人たちのために、これからも聖女としての力を使いたいのです。そして、……ダリオス様のそばにいたい。これが私のわがままだと言うのは十分わかっています。それでも、私はここにいたいのです。どうか、私をここにいさせてはくださいませんでしょうか」


 セイラは言葉を絞り出すようにして一言一言をしっかりと口にした。そんなセイラの言葉に続くように、ダリオスも国王に向けてお辞儀をする。


「よくわかった。聖女セイラよ、そなたはもはやこの国にとって欠かせない人間だ。そなたがここに来てから、瘴気の強かった土地の瘴気は消え、災害や流行病も格段に減った。そのおかげで、この国はより一層豊かになり、繁栄している。そなたに帰りたいか聞いたが、もしそなたが帰りたいと言っても、儂は国王としてそなたを引き止めるつもりじゃった。そなたが自らレインダムへ残りたいと言ってくれて本当によかった」


 国王の言葉に、セイラは目を輝かせる。ダリオスも、ホッとして国王とセイラを見た。


(よかった、私は、レインダムに必要とされている、ここにいてもいいんだわ)


 そっとダリオスを見ると、ダリオスはセイラを見て愛おしそうに微笑む。国王の前だが、ダリオスの表情にセイラは心臓が跳ね上がり顔がほんのりと赤くなった。そんな二人を、国王は優しく見守るように微笑んでいる。


「ありがとうございます、国王様。あの、一つだけよろしいでしょうか」

「ふむ、言うてみよ」

「私のレインダムに残りたいという気持ちは本心です。ですが、やはりポリウスが気がかりでなりません。今こうしている最中にも、災害や流行病で苦しんでいる人がいると思うと、いてもたってもいられないのです。聖女として、生まれ育った国のために何かできないか考えることをお許し願えませんでしょうか」


 そう言って、セイラは深々とお辞儀をした。国王はセイラを見てふむ、と頷く。


「そうじゃな、心優しきそなたであればそう言うであろうと思っておった。この件に関しては、そなたとダリオスに一任する。それにポリウスも、そなたが帰りたくないと言ったところで簡単には諦めないであろう。そなたに不必要に近づいてくる前に、何か策を講じるべきじゃろうな。そうじゃ、クレアも役に立つかもしれん。三人でこの件について最善の対応をしてほしい。ダリオス、頼んだぞ」

「はっ」




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