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12 帰したくない

「この内容は事実なのか?」


 クレアから受け取った書類に目を通したダリオスが顔を顰めながらクレアにたずねると、クレアは真剣な顔で頷いた。


「事実です。セイラ様がこちらに来る前に我々が聞いていた聖女の話は噂の域を出ませんでしたが、今回は入念に調べたので間違いありません」

「セイラ嬢は聖女ではあっても裏聖女で、双子の妹が表舞台に立ち、セイラ嬢が実質聖女の力を奮っていた、と。裏聖女だからどんな時でも隠れるように双子の妹の後ろにいて、戦地や災害のあった場所に赴くのは実質セイラ嬢。その上待遇も悪かった、か」


 ポリウスの聖女が高飛車で傲慢だという噂は、セイラのことではなく、表舞台に立つ双子の妹のことだったのだ。セイラがいつも控えめで、自分のことよりも他人のために尽くしているのはそのせいなのだろう。裏方として、表に出ることなくひっそりと聖女の力を国と民のために奮っていたのだ。


「セイラ様が我が国に来てから、セイラ様の双子の妹がなぜか聖女の力を使えなくなっているようで、ポリウスは危機に瀕しているようです。聖女の役目をずっとセイラ様に任せっきりだったので、力が使えなくなったのでしょう。ポリウスでは災害や流行病などが蔓延し、国民が国王と聖女に対して不満を持っているとか。危惧した国王と聖女が、セイラ様を取り戻そうと計画を練っている様子です」

「は?セイラ嬢を取り戻す?今いる聖女が力を使えないからと、隣国へ政治的材料で売ったセイラ嬢を呼び戻し、また裏でこき使おうというのか?冗談じゃない!」


 ダン!と机を拳で叩いてダリオスは憤った。書類は怒りで無意識に握っていたのだろう、ぐしゃぐしゃに握り潰されている。


「どうなさいますか、恐らくは近々隣国から使者が来るでしょうね。双子の妹の聖女がやってくる可能性もあります。その時、セイラ様を言いくるめて無理やりポリウスに連れ帰ろうとするかもしれませんよ」

「……セイラ嬢は書類上とはいえ、俺の妻だ。俺の許可無しに連れ帰ることはできない。それに、彼女は国同士の和睦のためにこちらへ売られたんだ。こちらの国王の許可も必要になる。簡単に連れ帰ることはできないはずだ」


 そうは言っても、国が危機的状況になっている以上、無理にでもセイラを連れ帰りたいと思っているだろう。油断はできない。


(何より、このことを知ってセイラ嬢がどう思うか、それが気がかりだ。優しく他人を優先する彼女のことだ、きっとポリウスの状況をレインダムへ来た自分のせいだと思うだろう。セイラ嬢の優しさに漬け込んで、ポリウスの国王たちは彼女を連れ帰ってしまうかもしれない)


 最悪の結末を予測して、ダリオスは顔をより一層険しくし、机を叩いた拳を強く強く握り締めた。





 その日の夜。自室でいつものように祈りを捧げ、セイラがそろそろ寝ようかと思っていた時、ドアがノックされた。


「はい?」


(こんな時間に誰かしら?)


「俺だ。入ってもいいだろうか」

「……えっ、はいっ」


(ダリオス様?一体どうなさったのかしら)


 セイラは立ち止まり驚いてドアを見つめると、ドアを開けたダリオスが部屋へ入って来た。ダリオスはセイラに気を遣って夜に部屋を訪れることはあまりない。こんな夜遅くにやって来るなんて、きっとよっぽど何か理由があるのだろうとセイラは思った。


「こんな時間にすまない」

「いえ、どうかなされたのですか?」


(ダリオス様、表情が暗いわ。何かあったのかしら。もしかして、また腕の状態が悪くなったとか?)


 浄化は順調に進んでいたはずだ。だが、何かのきっかけでまた瘴気が濃くなる可能性も全くないわけではない。セイラが真剣な顔で聞くと、ダリオスはセイラの片手をそっと取って、ソファに座るよう促す。セイラは戸惑いつつもソファに座り、すぐ隣にダリオスも座った。


「あの、ダリオス様?顔色が良くありません。もしかして、腕の調子がよろしくないのですか?」

「いや、腕の調子は問題ない。……この腕はあとどれくらいで完治するだろうか」

「そうですね、このままいけば、一ヶ月以内には完治するかと思います」

「一ヶ月以内か……」


 ダリオスはセイラの返答を聞いて顔を曇らせる。一体、どうしたというのだろう?一ヶ月では遅いのだろうか?


「なるべく早く完治させることをお望みであれば、最大限の努力をします」


(理由はわからないけれど、ダリオス様が望むのであれば叶えて差し上げたい。……治ってしまったら、もう私は用済みでポリウスに帰されてしまうかもしれないけれど)


 胸がチクリと痛む。レインダムでダリオスと共に過ごした日々は、毎日がとてもキラキラと輝いていた。そんな日々がもうすぐ終わってしまうのは悲しい。何より、ダリオスと離れ離れになってしまうことがセイラにはとてつもなく辛いことだった。


(ダリオス様と離れるのが嫌だと思うなんて、そんな資格私には無いのに。私はただダリオス様の腕を治すためにいるのだから)

 

 セイラが悲しげに床を見つめていると、ダリオスは掴んでいたセイラの手を強く握り締めた。それに気づいたセイラが顔を上げてダリオスの顔を見ると、ダリオスの表情は辛そうだ。


「セイラ嬢。君はもし、ポリウスから帰ってこいと言われたら、帰りたいと思うか?」

「……え?」


 どうして急にそんなことを聞くのだろうか。セイラが戸惑っていると、ダリオスは苦しげに言葉を続ける。


「今、ポリウスは君がいなくなってから状況が良くないそうだ。君の双子の妹君が聖女の力を使えず、災害や流行病が蔓延している。どうやら、ポリウスの国王と聖女は君を呼び戻そうとしているらしい」

「そんな……!」


 ルシアは自分だって聖女の力を使うことができると自信満々に言っていた。だが、実際はやはり使えなくなっていたのだ。自分がレインダムに来たことで、ポリウスは危機に瀕している。その事実に、セイラは目の前が真っ暗になるようだった。


(ルシアが聖女の力を使えない……?私がルシアの代わりにずっと聖女の力を使ってきたから?今、ポリウスがそんなことになってしまっているのは、もしかして私のせい?)


「近々、恐らくはポリウスから使者が来るだろう。だが、君は俺の妻であり、今はこの国の聖女でもある。レインダムの国王と俺の許可なしにはポリウスに帰すことはできない。君がもし、ポリウスに帰りたいと願っても、だ。しかし、俺の腕が治ってしまえば話は変わってくるかもしれない。君がレインダムへ売られた理由は、俺の腕を治すことだ。ポリウスの国王はこのことを知らないが、我が国の王は俺の腕が治れば君を帰しても良いと思っているだろう。当初はその予定だったのだから」


 苦しげに、ダリオスは言葉を一つ一つ吐いていく。セイラはただその言葉を唖然として聞いていることしかできなかった。


「でも、俺は君を帰したくない。こんなことを急に言われて君は困るだろう。それでも、俺は君をポリウスへ渡したくない。俺の腕が治ってもだ。君はこの国に必要で、……何より、俺にとっても必要な人だからだ」


(……え?ダリオス様にとって、私が、必要な人?腕が治っても?それは一体……)


 ダリオスの言葉に困惑するセイラを、ダリオスは真剣な顔でじっと見つめる。


「君はどうしたい?君の気持ちが知りたい。お願いだ、教えてくれ。君の本当の気持ちを」


 

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