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11 騎士の思い

 ダリオスに息抜きにと街へ連れられた帰りの馬車の中で、セイラはダリオスの真向かいに座りながら、沈黙に耐えかねていた。


(突然ダリオス様に抱きしめられてから、ダリオス様の様子がおかしい。あまり視線を合わせてくれないし、口数も少なくなっている。馬車に乗ってからはずっと窓の外を眺めてらっしゃるし……こんな時、気の利いたことを言えればいいのだけれど)


 セイラはあまり人と接することが得意ではない。聖女としてであれば人と関わることも平気だし、最低限問題なくやれている。だが、聖女としてではなくセイラ本人として他人と接する場合、どうコミュニケーションをとっていいのかわからなくなってしまうのだ。しかも男性相手となればなおのこと、どうしていいのかわからない。


(こんな時、ルシアだったらきっと気の利いた言葉をスラスラと言えるんだろうな)


 表舞台に立つルシアは愛嬌がありコミュニケーション力も高い。いつも人に囲まれ華やかなルシアを、セイラは少し離れた場所からひっそりと見つめているだけだった。自分は聖女としての力を振るうだけ、そのためだけにいるのだと思い知らされる。

 今だって、ダリオスに気の利いたことも言えず、楽しい会話をすることもできない。セイラは俯いて膝の上でぎゅっと拳を握り締めた。


「……セイラ嬢、さっきは突然抱きしめてすまなかった」


 急にダリオスの声がして顔を上げると、申し訳なさそうな顔をしたダリオスがセイラを見つめている。


「君がこの国に来た時、俺は君に不必要に触れないと宣言した。それなのに、あんな突然抱きしめてしまうなんて……本当にすまない。嫌だったろう」


 苦々しい顔で絞り出すように声を出すダリオス。


「そ、んな……そんなことありません!ダリオス様に抱きしめられて嫌がる女性なんていないと思います」


(って、私、何を言っているの!?)


 ダリオスに謝罪されて、思ったことを咄嗟に口にしてしまいセイラは慌てて両手で口を覆う。そんなセイラを見て、ダリオスは両目を見開いてから俯いて片手で顔を覆った。それから、顔を上げたダリオスはセイラを見て少し眉を下げながら微笑む。


「そう、なのか……?とにかく、君が嫌じゃないならよかった」


 その言葉と微笑みを見た瞬間、セイラの胸がきゅんっとときめく。まるで胸に矢を射られたかのようだ。


(そんなことを言われたら、勘違いしてしまう……!だめ、勘違いしてはだめよ、ダリオス様にとって私はただの聖女。ダリオス様の腕を治すため、そしてこの国にとって必要な聖女というだけなのだから)


 そう自分にいい聞かせようとした時、急に馬車がガタンッ!と大きく揺れてセイラは体が浮き、体勢が崩れる。そして気がつくと、ダリオスの腕に支えられていた。


「旦那様!申し訳ありません、道が悪くて馬車が揺れてしまいました。この先もまだ道が悪く、大きく揺れる可能性があるのでお気をつけください!」

「わかった、こちらのことは気にしないでいい。君も気をつけて運転するんだ」


 御者の声に、ダリオスが大きな声で返事をする。その間も、セイラはダリオスの腕に抱き止められたままだった。


「す、すみません!すぐによけます!」


 セイラは自分の状況に気がついて、慌ててダリオスの体から離れようとするが、ダリオスの腕はセイラの腕をしっかりと掴んだままだ。


「ダリオス様?」

「どうやら道が悪いようだ。また大きく馬車が揺れるかもしれない。危ないから、君は俺の隣に座った方がいい。俺が君を支える」


 そう言って、ダリオスはセイラを自分の横に座らせると、セイラの背中に手を回しセイラを腕の中に収めて固定した。体が触れ合っている状態に、セイラの顔からは今にも湯気が出そうな勢いだ。


(えっ!?そんな、えっ?待って、どういうこと!?こんな状態、耐えられない!)


「あの、大丈夫です、自分の席に戻ってちゃんと座りますので、離していただだけませんか」


 セイラが身白くと、ダリオスの腕の力は何故かより一層強まり、ダリオスは少し怒ったような顔をしてセイラを見る。


「また馬車が大きく揺れて、万が一にも君が馬車の外に放り出されでもしたら危険すぎる。それに、やっぱり君は俺にこうされることが嫌?」


 真剣な顔でダリオスに言われてしまい、セイラはどうしようもなくなってしまった。


「嫌ではないのですが、その、恥ずかしくて心臓がもたないといいますか……」

「契約結婚とはいえ、俺たちは夫婦だ。二人で社交の場にも出なければいけない。こういう触れ合いにも慣れておくべきだと思う。君にとっては不本意かもしれないが、協力してくれないか」


 そう言って、ダリオスは空いている手でセイラの片手をそっと握る。ダリオスのエメラルド色の瞳は、有無を言わさぬ強さがある。


(そんな、断れない言い方をするなんてずるい!)


「う、……わかりました、協力します」

「よかった。ありがとう」





 屋敷について、ダリオスはセイラを部屋へ送り、執務室で自席に座って椅子の背もたれに背中を預け、天井に顔を向けながら大きくため息をついた。


(だめだ、セイラ嬢を抱きしめてから、もっと触れたいと思ってしまう自分がいる)


 息抜きにと街へ誘い一緒に歩いていたが、セイラがあまりにも嬉しそうでダリオスまで嬉しくなってしまった。それに、迷子の子供を助けた時のセイラの言葉、仕草、行動、全てに目を奪われる。何より、太陽の光に照らされたセイラがあまりにも美しく、そのまま光に溶け込んで消えてしまいそうで、咄嗟に抱きしめてしまったのだ。


 突然抱きしめてしまったことを嫌がられたかと思い馬車の中で謝罪すれば、思っていたのとは全く違う肯定的な言葉がセイラの口から出てきて驚いた。それからだ、タガが外れたようにセイラにもっと触れたい、もっと知りたいと思うようになってしまう。


(嫌がられるなら諦めがつくのに、むしろ好意的な態度をされたら勘違いしてしまうだろう。彼女はあくまでも聖女として俺の腕を治すために来ただけだ。それ以上でも、それ以下でもない)


 左腕のシャツを捲ると、腕の黒いシミのような痕がほとんど薄まっているのがわかる。セイラからは、もう少しで完治できそうだと言われている。この腕が治ったら、セイラはきっとポリウスに帰るのだろう。だが、セイラを帰したくないと思ってしまっている自分がいて、ダリオスはどうしようもなかった。


(こんな気持ち、抱くべきではないとわかってる。わかっているはずなのに、どうしても彼女を帰したくない、そばにいてほしいと思ってしまう)


 セイラの様子、そして話の内容から、ポリウスにいてもセイラはあまり幸せでないのではないかと思ってしまうのだ。ポリウスの話をする時のセイラは、どこかほんの少し寂しげで悲しげだ。セイラが自分自身を蔑ろにして他人を優先してしまうのは、聖女だからというだけではないのではないか。


(彼女をここに繋ぎ止めるにはどうしたらいい?彼女が自分から、ポリウスに帰りたくない、ここにいたいと思ってもらえるようにしたい)


 そう思いながら左手をぎゅっと握り締めると、ドアがノックされる。


「ダリオス様、クレアです」

「ああ、どうぞ」


 ダリオスが返事をすると、書類を手にしたクレアが部屋に入ってきた。


「ダリオス様、今日はセイラ様とデートだったんですよね?いかがでした?さっきセイラ様へご挨拶に伺いましたけど、セイラ様は顔を赤らめてそれはそれは可愛らしかったですよ。何かあったんですか?」


 ダリオス様も隅に置けませんねぇとニヤニヤしながら言うクレアに、ダリオスはなぜかもやもやとしたものを感じる。


(セイラ嬢が可愛い?クレアにもそんな可愛い表情を見せていたのか?無防備すぎるだろう。……クレアにさえこうやって嫉妬してしまうなんて、本当に末期だな)


 はあ、と小さくため息をつくと、ダリオスはクレアの手元の書類を見て口を開く。


「そんなことより、何か用事があってきたんだろう」

「ああ、そうでした。ポリウスの聖女について調べがついたのでご報告です。なかなか面白いことがわかりましたよ」


 クレアが真剣な顔で書類を手渡すと、ダリオスは書類に目を通しながら眉を盛大に顰めた。



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