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10 虹

 ダリオスに連れられて街の中を歩いていたセイラは、初めてのことばかりで楽しくて仕方がない。見るものすべてが新鮮で、キラキラしていて、胸がときめいてしょうがなかった。


(どうしましょう、こんなに楽しくていいのかしら?はしゃいでしまったけれど、ダリオス様は退屈に思ってないかしら)


 自分ばかり楽しんでしまっているような気がして申し訳なくなりダリオスを見ると、ダリオスと目が合う。ダリオスはフッと微笑んで近くを指さした。


「セイラ嬢、だいぶ歩き回って疲れただろう?あそこのベンチで少し休もうか」


 ダリオスに促されて、セイラは広場にあるベンチに腰掛けた。ダリオスはセイラの横に座る。


「あの、ダリオス様。本当にありがとうございます。私、こんなに楽しい経験は初めてで……はしゃぎすぎてしまった気がして申し訳ないです」


 セイラがおずおずとそう言うと、ダリオスは微笑む。


「楽しんでもらえたなら良かった。むしろ、はしゃいでしまうくらい楽しいなら連れてきたかいがある。俺もここのところ任務続きだったからこうして一緒に息抜きができて良かったよ」


(私が気にしすぎないよう気を使ってそう言ってくださってるんだわ。ダリオス様、本当にお優しい)


 ダリオスを見つめながら、セイラの心の中にあたたかいものがふんわりと広がっていく。そして、心臓はトクトクと少し速く鳴っていた。


「わあぁぁぁん!お母さあぁぁんんどこに行ったのおおお!!!!」


 突然、近くで泣き声がする。驚いて辺りを見渡すと、一人で泣きわめいている小さな女の子がいた。


(どうして泣いているのかしら。それに、一人ぼっち……?)


 気になってセイラはその女の子の近くまで歩いていく。ダリオスもセイラの後を追って来た。


「どうしたの?」


 セイラがしゃがんで目線を合わせ、女の子に話しかける。すると、一瞬驚いて泣き止んだが、すぐにまたわんわんと泣き出した。


(もしかして、迷子なのかしら)


 セイラはキョロキョロと周囲を見るが、母親らしき人影はどこにもない。


(このままだと泣いてばかりで話もできない、無理やり連れて探し回るわけにもいかないし)


 セイラは少し考えてから、女の子の目の前で両手を開く。そして静かに瞳を閉じると、セイラの美しい金色の髪の毛がフワッと靡いた。


 手のひらから光が出て、そこからふわふわとシャボン玉のようなものが飛んでいく。その光景に気づいた女の子は泣くのをピタリと止めて、シャボン玉を見つめていた。


「見ていてね」


 セイラが優しく微笑んでそう言うと、たくさんのシャボン玉が空へ登りながら集まってひとつの大きなシャボン玉になっていく。セイラが片手を空へかざしてふわりと手を靡かせると、大きなシャボン玉が弾けて、そこに大きな虹がかかった。


「わあぁ!すごい!キレイ!!」


 さっきまで泣きわめいていた女の子は、虹を見上げながら頬を赤らめてキラキラと目を輝かせている。


(泣き止んで良かった)


「ねぇ、もしかして、迷子なの?もしよかったら、一緒にお母さんを探しましょうか」


 セイラが優しくそう言うと、女の子は目を輝かせながらうん!と大きくうなずいてセイラの片手を握る。セイラが立ち上がると、女の子はもう片方の手をダリオスへ向けた。ダリオスは驚いて女の子を見つめる。


「……?」

「そちらの手はダリオス様と繋ぎたいみたいですね」


 ふふっと小さく笑いながらセイラが言うと、ダリオスは一瞬目を大きく見開いてからフッと微笑み、女の子の前に跪いた。


「レディ、お手をどうぞ」


 そう言って片手を女の子の前に差し出すと、女の子は頬を赤らめて嬉しそうに笑って手をダリオスの手乗り上に乗せた。


(ダリオス様、女の子が怖がらないように優しく接してあげている。本当にお優しくて……素敵な方だわ)


 ダリオスの態度に、セイラはまた胸が高鳴るのを感じていた。


 こうして、三人で手を繋いで女の子の母親を探して歩いていると、少し離れた場所から一人の女性が小走りでかけてくるのが見えた。


「お母さん!!」

「リル!よかった!探したのよ!」


 女の子はセイラとダリオスから手を離して母親に抱きついた。母親はセイラたちに気づいて頭を何度も下げる。


「この子がご迷惑をおかけしたのではありませんか?本当に申し訳ありません、ありがとうございました」

「いえ、お母様が見つかって本当によかったです」


 セイラがそう言うと、女の子は興奮したように母親に話しかける。


「シャボン玉がね!たくさん出てきて、大きくなって虹が出たの!それにね、おにいさんとおねえさん、王子様とお姫様みたいなんだよ!」

「まぁ、本当にそうね。お二人とも素敵な方々だわ……もしかして貴族の方ではありませんか?そうであればどうお礼をしたら良いのか……私どものような者ではたいしたお礼もできませんが、でも何かしらのお礼をさせてください」


 慌てたような母親の様子に、セイラも慌てて両手をふる。


「そんな、気にしないでください!たまたま迷子のお子さんを見かけただけですので。それに、お二人がそうやって再会できて嬉しそうなことが一番のお礼になりますから」


 セイラがそう言うと、ダリオスもセイラの横で力強く頷く。それを見て、母親は申し訳なさそうに大きくお辞儀をした。


「本当にありがとうございました。さぁ、行きましょう。リル、お二人にお礼を言って」


 母親がそう言うと、女の子は二人に向かって嬉しそうに笑った。


「王子様、お姫様、本当にありがとう!」


 二人に手を振りながら、女の子は嬉しそうに母親の手をしっかりと掴みながら歩いて行った。


「王子様とお姫様、か」

「年頃の小さなお子さんにはそう見えたのかも知れませんね。ダリオス様の接し方は本当に王子様みたいで、とっても素敵でした」


 フフッと嬉しそうにセイラが笑うと、ダリオスは一瞬目を見開いてからすぐに視線を逸らす。セイラは気がつかなかったが、ダリオスの耳はほんのり赤くなっていた。


「君こそ、虹を出せるなんてすごいな。あれも聖女の力なのか?」

「はい、聖女として災害にあった場所や戦地などへ赴くこともあります。そんな時、その場にいる人たちの心に少しでも希望が芽生えるようにと、ああやって虹を出すことがあるんです。虹を出したからといって全ての人の心が癒えるわけではないのですが……」


(虹を出したところで、そんなもの何の役にも立たないと暴言を吐かれることもあった)


 セイラが少し悲しげに言うと、ダリオスはセイラの手をそっと掴む。


「それでも、救われる人だっているはずだ。現に、あの女の子はあの虹を見て泣き止み、目を輝かせて喜んでいた。君のしていることは無駄じゃない。すごいことだよ」


 そう言って優しく微笑むダリオスを見て、セイラは胸がじんわりとあたたかくなっていくのを感じる。


(ダリオス様の一言で、こんなにも心があたたかく、軽くなっていく)


 心臓はトクトクと嬉しそうに鳴っている。胸に手を当てながらセイラはそっと瞳を閉じて、すぐに顔を上げてダリオスを見て微笑んだ。


「ありがとうございます。ダリオス様のその言葉で、私も救われました」


 フワッと花が綻ぶように微笑むセイラを見て、ダリオスの胸は大きく高鳴った。セイラの美しい金色の髪が風に靡く。太陽の光に照らされて、金色の髪の毛もスカイブルーの瞳もキラキラと輝いていて、ダリオスはセイラを純粋に美しい、と思う。掴んでいなければ、まるでその光に溶け込んで今にも消えてしまいそうで、ダリオスは咄嗟にセイラを腕の中に閉じ込めていた。


(えっ?)


 突然のことにセイラは時が止まったかのようだ。いつの間にか、ダリオスに抱きしめられている。ふわりと鼻先をくすぐる上品な香りと、鍛えられている逞しい腕と体に、嫌でもダリオスを男性として意識してしまう。心臓はドクドクと速く鳴り響き、身体中が熱くなっていくのがわかった。


(ダリオス様、どうしてこんなことを?どうしよう、このままだと気を失ってしまいそう……!)


「ダ、ダリオス様?」


 セイラの慌てた声にハッとして、ダリオスはすぐに体を離した。真っ赤になっているセイラの顔を見て、ダリオスは申し訳なさと愛おしさが入り混じってどうしようもなくなり、視線を逸らした。


「……すまない」

「い、いえ……」


  

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