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1 売られた裏聖女

「私が、隣国レインダムへ……?」

「そう、レインダムに売られるの。よかったわね、聖女として役割ができて」


 驚いて双子の妹を見つめる聖女セイラの金色の髪の毛が、はらりと肩にかかる。スカイブルーの綺麗な瞳を揺らしながらセイラが戸惑っていると、セイラを見下すようにあざけ笑いながら双子の妹のルシアが言った。


 小国ポリウス。この国には王家の血筋から聖女が必ず二人生まれる。双子で、片方が表舞台に立ち聖女として力を奮い、もう片方は裏方として表舞台に立つ聖女を支えるのだ。どちらが表になりどちらが裏になるかは、特に決まっていない。ただ、成長するにつれて自然とその役割は決まるのだった。


 双子の姉であり内気なセイラは裏聖女、妹で活発なルシアは表舞台に出る聖女となって、この国を盛り立ててきた。


「セイラよ、隣国レインダムには聖女がいない。我が国には聖女が二人いることを嗅ぎつけて、一人欲しいと言われたのだ。もちろん、政治的材料としてでもある。お前を差し出せば、今こちらに向かわせている軍をひいて和睦に応じると」


 小国ポリウスは隣国レインダムと長い間戦っていた。国を広げたいポリウスがレインダムに戦をしかけたのが事の始まりだが、レインダムはポリウスに簡単に負けるほど弱い国ではなかった。むしろ今ではポリウスが劣勢になっている。

 ポリウスにとっては今が戦を止める絶好のチャンスだ。セイラたちの父である国王は、セイラに懇願するように言う。


「どうか、我が国のためだと思って隣国へ行ってはくれないか。お前が行けばすべてが丸く収まる」

「そ、んな……」


(つまり私は本当に国の材料として隣国に売られるということなのね……?こんな、急に)


 セイラは俯き、両手を胸の前でぎゅっと握り締めた。それを見てルシアは気に食わないと言うような瞳でセイラを見る。


「セイラ、お父様はこんな風に言ってるけど、セイラに決定権はないのよ?明日には迎えがくることになってるんだから」

「明日!?」


 セイラが驚愕の眼差しで国王を見ると、国王はバツの悪そうな顔で目をそらした。


(そもそも、私はずっと裏聖女として何の決定権もないまま生きてきた。ただ、使われるだけの人生)


 ルシアが表舞台に出る聖女として振舞うようになってから、セイラはルシアの裏で聖女としての力を奮ってきた。ルシアにも聖女の力はあるが、ルシアが聖女として天変地異を沈めたり瘴気を消したりしたわけではない。そんなことは自分がせずともいいと、すべてセイラに押し付けて、手柄だけは表舞台に立つ聖女としてルシアが横取りしていたのだ。セイラがルシアの裏側で天変地異を沈め、瘴気を消し、国のため民のために力を奮っていた。


「……私がいなくなった後は、ルシアがちゃんと聖女として力を奮うのですか」

「何よ、私はセイラがいないと何もできないとでも思ってるの?失礼ね!私だって聖女の力ぐらいいつだって発揮できるわよ、馬鹿にしないで!」


 カッとなってルシアがセイラに食って掛かる。


(ルシアは今まで自分で聖女の力を使ったことなんてほとんど無かったのに、大丈夫なのかしら……でも、気にしたところでどうしようもないわよね。私が隣国へ行くことは決まっていることなのだし)


「……ごめんなさい。そんなつもりで言ったのではないの。わかりました、明日、出立します」


 セイラはそう言って静かにお辞儀をすると、国王とルシアの前から立ち去った。




 自室にもどってから、セイラはいつものように祈りを捧げていた。


ーーどうか、この国とこの国に住まう人たちに希望の光が降り注ぎますように


 両手を目の前で組みながらセイラが祈ると、セイラから光が溢れ出す。そしてその光は、一瞬で国中に広まっていった。


(この祈りも、この国では最後の祈りになるのね)


 ふう、と静かにため息をつきながらセイラは立ち上がり窓の外を見上げる。美しい星々と月が煌々と光輝いていた。


(隣国レインダムは粗暴で荒々しい国と聞くわ。そんなところに聖女としていかなければならないなんて)


 あまりに突然すぎて実感が持てない。だが、明日の朝には迎えが来て出発しなければいけないのだ。ぼうっとしてもいられない。荷造りをするためにセイラは部屋の中を見渡して、よし、と静かにうなずいた。





(ここが、本当に、粗暴で荒々しいと言われる隣国レインダム!?)


 翌日、迎えの馬車に単身乗り込み、数日の旅を経てたどり着いた隣国レインダムにセイラは驚いていた。噂では至る所で争いが起き治安が悪く、国としては最低だと聞かされていた。だが、争いはどこにも起こっておらず、治安も良さそうで、城下街の雰囲気も人の雰囲気もいい。


「セイラ様、長旅で疲れたでしょう。まずはお部屋にご案内しますね」


 茫然としているといつの間にか馬車から降ろされ、城の中に入っていた。通された部屋は洗練されて美しく、ポリウスで暮らしていた部屋よりもむしろ広くて綺麗なのではないかと思うほどだ。


「聖女様には王との謁見まで、こちらでお休みいただきます。聖女様には小さいかもしれませんがご容赦くださいませ」

「いえっ、いいえ!むしろこんな綺麗な部屋、私にはもったいないくらいで……」

「そんなご謙遜なさって。でもこの国に聖女として来ていただいたのですから、これくらいは当然です。国王への謁見までは少し時間がありますので、それまでゆっくりお休みになっていてください」


 そう言って、メイドはお茶の支度を済ませてから静かにお辞儀をして部屋を出て行った。


(行ってしまった……)


 取り残されたセイラは、茫然としながらキョロ、と辺りを静かに見渡す。センスのいい家具、見るからにフカフカそうな天蓋付きのベッド、綺麗に飾られた色とりどりの花。ポリウスではありえないほど良い部屋だ。

 ポリウスでは、むしろセイラはこじんまりとした狭い質素な部屋でひっそりと生活していた。表舞台に立つルシアには豪華な部屋があてがわれていたが、裏聖女として生きるセイラは地味な生活をさせられていた。お前は裏の人間で表側の人間ではないのだからとわからせるかのような、そんな生活を余儀なくされていたのだ。


(こんなに綺麗な部屋……一時的に休憩するだけの部屋のはずなのに、予想外すぎる。私、本当にこの国に売られたのよね?この国はそんなに聖女を必要としていたのかしら。でもどうして?聖女がいなくても今までは問題なくやってきたのでしょうに)


 首をかしげながらセイラは不思議に思う。聖女がいなければならない何かが、今この国にはもしかしたらあるのかもしれない。そうだとしたら、自分は果たしてきちんと役目を果たせるのだろうか。ずっと裏方で生きてきた自分が、聖女として表で必要とされるなんて、不安でしかたがない。だが不安がってもいられない。とにかく、自分はここで何をすべきなのか、何ができるのか見極めなければいけない。


 セイラがお茶を飲みながら休んでいると、しばらくしてコンコン、とドアをノックする音が聞こえた。


「セイラ様。謁見の準備が整いました。国王がお待ちです」


(国王との謁見。そこで、すべてがわかるわ、きっと)


 胸の前で拳をギュッと握り締め、セイラはしっかりと前を向いてドアへ向かって歩き出した。



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