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質屋・籠の回顧録  作者: 甲乙イロハ
1.学習机
5/11

5

「ねえ、なにか。なにか、かんていしてもらってよう」


 期待に満ちた目で見上げてくるエミ。まだ迎えも来ないし、お遊びで試すのもいいかもしれない。


「それじゃ、これをお願いしようかしら」


 美咲は首元に下げていた高級ブランド、ヴォルチェのネックレスを外して差し出した。何年か前に、特別な日でもない時に大蔵がサプライズだと言ってくれた数量限定品。


「拝見いたします」


 白い絹の手袋をはめたキビキが、ネックレスを手にとった。が、ほどなく、


「こちらはお買取りできません」

「え? これ、純金よ。鑑定書だってあるし」

「当店では、お客様の思い入れがない品物はお取扱いができかねます」


 なにを言ってるのだろう。からかわれているのかと思ったが、店主と名乗る少年は真面目に、至極当然と言った面持ちでネックレスを美咲に返してきた。


「それより」


 キビキはエミが脇に抱えた小さなお絵描き帳を指差し、


「そちらのお品でしたらお買取りできそうですが」

「だめ!」


 お絵描き帳を背中に回して隠すエミ。


「そうですか」


 とても残念そうに肩を落としたキビキに、エミは申し訳なさそうに、


「見せるだけなら、いいよ」

「おそれいります。拝見します」


 繊細なガラス細工でもあるかのように、お絵描き帳を丁重に受け取るキビキ。名も無い動物のキャラクターが描かれた表紙をめくる。

 一枚目は、小川沿いの野原で二人の男女とやけに目の大きな女の子がカレーを食べている絵だ。


「これはね、みんなでキャンプいったときのなの」


 ページをめくる。構図も絵もほとんど同じだが、女の子がラベンダー色のランドセルを背負っている。


「これはねえ、一年生のえみが、みんなでキャンプしてるの。ちょっとだけ、みらいの絵なのよ。それで、こっちはあ……」


 エミが得意げに説明するのを、キビキは真剣な表情で聞いている。と、勢いよく店のドアが開いた。ドアベルがわりの鈴が乱れ鳴る。


「どこ行ってるんだよ! 探したぞ!」


 店に飛び込んできたのは大蔵だった。


「あ、ごめんなさい」


 大蔵にメッセージを送信するのを忘れていた。


「店の前の車椅子に気付いたから良かったけど。まったく、ちゃんとしてくれないと予定が滅茶苦茶になるだろ」

「ごめんなさい」

「だいたい、お前はいっつも……」

「パパ、おこらないで!」


 懸命に訴えるエミに、大蔵も言葉を飲み込んだ。


「ほら、行くぞ!」


 美咲から奪うようにエミを抱きかかえた拍子に、お絵描き帳が床に落ちた。


「エミの! お絵描き帳!」


 拾おうと暴れるエミを抱えたまま、


「こらっ、おとなしくしなさい!」


 叱りつけ、さっさと店を出て行く大蔵。


「申し訳ありません。お騒がせしちゃって」


 繰り返し頭を下げながら、美咲はお絵描き帳を拾い上げ、バッグにしまう。


「またのお越しをお待ちしております」


 頭を垂れるキビキに見送られ、美咲も店を出た。大蔵はエンジンをかけたまま横付けしたセダンの後部座席にエミを座らせようとしているが、うまくいかない。


「エミのお絵描き帳! おとしちゃったの!」

「あの落書き帳か? ママが拾ってくれてるだろ」

「じぶんでひろうの! パパ、はなして!」

「いいから座りなさい!」

「よくない! パパ、きらい!」


 大蔵の顔色が変わるのに気づき、美咲はバッグから取り出したお絵描き帳をエミに渡した。受け取ったエミは不満そうに頬を膨らませたまま、うつむく。

 大仰にため息をついた大蔵が運転席に座る。美咲は後部座席、エミの隣に座った。誰も喋らないまま、静かに車が発進する。


「かえる」


 うつむいたまま、エミが言った。


「どうして? 勉強机、買いに行くんでしょ?」


 美咲が言うが、エミは頭を振り、


「だって。えみ、また入院なんでしょ」


 気付いていたことに内心驚きつつも、美咲は平静を装い、


「退院したら、使えばいいじゃない」

「退院できなかったら?」


 顔を上げたエミの目は潤んでいた。


「ずっと退院できなかったら、ずっと机つかえないもん」


 しばしの沈黙。赤信号に捕まり、静かに車が停車した。


「つかわない机なら、いらない机でしょ? いらないものなんか買ったら、お金、もったいないもん」

「馬鹿なこと言うんじゃない」


 青信号になった。車を発進させながら、大蔵が言う。


「買うんだよ。でも高いんだからな。大切に使うんだぞ。お金がもっといないと思うなら、できるだけ長く、長く……」


 言葉に詰まった大蔵は洟をすすり、


「約束だからな」


 涙声で言った。


「うん」


 エミも目尻に涙を浮かべたまま、笑顔でうなずき、


「ありがと。パパ」

 小さな声で呟いた。

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