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質屋・籠の回顧録  作者: 甲乙イロハ
1.学習机
4/11

4

 三ヶ月後。汗ばむ日が多くなってきた、梅雨上がりのある日。


「パパ、まだかなあ」


 車椅子に乗ったエミは、小さなお絵描き帳を眺めながら、唇を尖らせた。


「すぐ来るわよ」


 そうは言ったものの、病院の大時計が三時を過ぎたのに気付き、美咲は自分の腕時計と見比べた。約束は病院の入り口で二時。エミの学習机を買った後に新しくできたケーキ屋さんにも行こうと大蔵は言っていたが、この調子ではどうなることか。朝にも確認したから、忘れてはいないと信じたいが。

 病院の入り口は、タクシーや送迎の自家用車、巡回バス、時には救急車がひっきりなしに行き来して、排気ガスが多い。エミの病気にも決して良くはないだろう。


「少し歩こうか」

「やだ! ここでまつの! いないとパパ、おこるもん」


 車椅子から降りそうな勢いのエミを、美咲は慌てて「大丈夫よ」と宥める。


「パパがお迎えに来られるように、どこにいるかメッセージ送るから」

「じゃ、いいよ」


 背もたれにどっしり腰を下ろし直したエミが、咳き込んだ。最近、回数も時間も増えた気がする。今日の診察で、入院して精密検査を受けることになったことを、エミはまだ知らない。

 エミの咳が治まるのを待ちきれず。美咲は車椅子を押して歩き出した。信号を渡り、比較的元気な入院患者たち御用達のコンビニを過ぎたところで、


「あれ?」


 コンビニの隣の平屋に、見慣れない看板が上がっているのに気付いた。


「……質屋? こんなところに?」


 質一文字を円で囲っただけのシンプルな図柄だが、長年雨風に晒されてきたのだろう、それなりに歴史を感じさせる、古びた一枚板の看板だ。窓から店内を覗き込む。たくさんの物で溢れてはいるが、店も品物も、きちんと手入れが行き届いているようだ。そんななか、飾り棚に懐かしい人形を見つけた美咲は、


「ちょっと入ってみようか」


 エミの返事を待たず、車椅子を歩道の脇に停め、エミを抱き上げた。あまり体重が増えていない。


「じぶんで歩ける!」

「知ってるよ。ママが疲れちゃったら、お願いね」


 仏頂面でうなずき、胸に頬を預けるエミ。今日は朝早くから診察で、まだお昼寝してないから。このまま眠ってしまうかもしれない。エミを抱っこしたまま、美咲は店のドアを開けた。

 チャイム代わりに吊られた鈴が涼やかに鳴る。


「ようこそ。質屋〈籠〉へ、だわさ」


 柳眉を上げて出迎えた女に、美咲は面食らった。その独特の言葉遣いよりも、おとぎ話に出てくるような白銀の甲冑をまとっていることに。年齢は美咲と同じぐらいだろうか。腰まで届く、燃えるような赤色の髪に、緋色の瞳。鼻梁は高く、明らかにこの国の人間ではない。同性でありながら美咲が半ば唖然と、半ば見惚れてしまっていると、


「店主のコモリ 忌引キビキと申します」


 暗がりから滲み出るように、漆黒のスーツに身を包んだ少年が現れ、慇懃に頭を垂れた。


「本日のご用向きは」


 大人びた物言い。色白で線が細いため、声が低くなければ少女かと思っただろう。下弦の月を思わせる唇が、薄笑みを浮かべている。切り揃えられた鴉の黒髪の下に浮かぶ、澄んだ紫色の瞳は年齢不相応に静謐で、貫禄さえ感じさせる。それでも、店主はない。


(お母さんのお手伝い中かな)


 美咲は自分なりに落とし所をみつけて納得し、物で溢れかえっている店内を眺めた。忌憚なく言えば、どれもこれもガラクタばかり、訳の分からないものだらけだ。それでも管理が行き届いているため、整然と陳列された品々は一見、ひなびた博物館さながらなのが、おもしろい。


「そう、これ!」


 片腕でエミを抱え直し、飾り棚に並んだ人形に指を伸ばす。美咲が小学生の頃に流行った、選ばれた少女たちが変身して戦士となり、悪と戦う超人気アニメ。


「エミもみる!」

「壊しちゃだめよ」

「こわさないもん!」

「どうぞお手にとってご覧ください」


 書き物をしながら遠巻きに言ったキビキに会釈を返し、美咲は赤髪の人形を、エミには主人公の金髪の人形を手渡した。言いつけを守って慎重に、神妙な面差しで人形を操るエミ。気に入ったみたいだ。


「こちらはお幾らかしら」

「そちらは入荷したてで正式に値決めができておりませんが、一体、およそ百万円ほどになります」

「百万!?」


 驚いて人形を落としそうになる美咲。美咲には価値がよく分からないが、相当なレア物なのだろうか。慌てて、人形を棚に戻し、


「エミ」


 声をかけると、エミは意外にもすんなり人形を手渡した。そして潜めきれていない小声で、


「たかすぎね」


 と、いたずらっぽく笑う。


「残念です。そちらはどれも、なかなかの逸品なのですが」

「そうなのね。ごめんなさい。私、こういうのに疎くって」


 取り繕う美咲に、キビキは顎を引いて応え、


「もし質入れされたい品物がございましたら、当店へお持ちください。鑑定は無料です。意外な価値があるかもしれませんよ」

「ママ、しちいれってなあに?」

「持ち物を預けて、お金を貸してもらうことよ。お金を返せなかったら、預けた物は質屋さんのものになるの」

「へえ。ママ、なにかないの?」

「なにかって?」

「パパいつも、お金がたりない、お金がたりないって言ってるからさ。かしてもらったらいいかなあって」

「ぜひ、お気軽にご利用ください」


 キビキは胸ポケットから片眼鏡を取り出し、装着した。


(え? この子が鑑定?)


 美咲は吹き出しそうになった。さすがにそれは無理だと思うが……

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