人はかつて全能だった
人はかつて全能だった。
望むままにあらゆるものを創造し、文明を築いていったという。しかしその力は次第に失われていき、俺たちが知る人の形になっていったという。それは現在でいう神のようなものに見えたのかもしれない。
俺はその話を信じている。何故かというと見えているからだ。その、かつて全能だった人間が。その姿は様々で、うっすらぼんやりした白い大きめの体躯をもつ化け物。それがかつての人間の成れの果てだと俺は聞いた。正確には違うかもしれないが。その話を誰に、と思うだろう。少し話を戻そう。
俺は、東京に住む普通の高校生だった。普通ではない点があるとすれば、その化け物が見えているということくらいか。
その化け物は空中に浮かんでいるものや、ただ高層ビルにしがみ付いているだけのもの、そのくらいで通行人などには認識されていない様子だった。ここまではいい。ただ変なものが見えるだけで、ソレが人に危害を加えているようなこともなかったからだ。それでは普通ではないかもしれない。俺が何故ソレが見えるのかは、これから起きる事件にさほど関係ない。おそらく、今はまだ。
あれは期末試験終わりだっただろうか。学校が早く終わり、俺は足早に駅に向かっていた。その時、不意にスマホから不快な音が鳴り響いた。
『緊急地震速報・・・・・緊急地震速報・・・・』
「地震・・・?震度は・・・?」
緊急地震速報の情報によれば現在の場所を含み震度は7と表示されている。
「な?そんなわけ・・・」
言い終わる前にとてつもなく鈍い音が響いた。ゆっくりと地面の揺れが響いてくる。もう来た!地震が!俺はとっさにその場にしゃがみこんだ。駅前にある複合商業施設が崩れていく。その時、俺は確かに見た。崩れゆくビルの上に、とてつもなく大きい白い化け物が居たのを。
「あいつが、ビルを壊しているのか?」
だが、思考を巡らせる間もなく俺の上に瓦礫が落下してきた。目の前は真っ暗になった。
ショックで気を失っていたのだろうか。どれくらい意識がなかったのだろう。不思議だったのは、瓦礫に押しつぶされたと思ったのに身体に痛みがなかったことだ。その謎はすぐに解けた。身体を動かせるだけのスペースが確保されている。それはまるで瓦礫のかまくらの様だった。運がよかったのか、とりあえずなんとか目の前のコンクリートブロックを押し出してみる。ずずずっと動いたその隙間から光が差し込んできた。まだ外は明るいみたいだ。長時間気を失っていたわけではないらしい。
なんとか外へと這い出した俺が見た景色は、まさにこの世の終わりだった。崩壊した建造物、割れた地面、瓦礫の下敷きになっている死体。泣き叫ぶ子供に路頭に迷う人々。そして、徘徊する白い化け物たちだ。
「なんで、急にこんなことに・・・?!」
俺はその光景をみて絶望した。ついさっきまで普通の、いつものと変わらない日常だったはずだ。それがこの一瞬でこのありさまだ。いや、気を失っていたから正確には一瞬ではないかもしれない。しかし俺の体感時間からしたら一瞬の出来事だった。
「生存者がいるぞ!しかも無傷みたいだ!」
声がした。俺の周りを数人の男たちが取り囲んだ。
「まさかこの事態で目立った傷もない。まるで奇跡だな」
男たちはそう続けた。白い制服のようなものを着ている。自衛隊か?救助の人か?それにしても対応が早すぎるとも思った。
「あなたたちは?」
「説明している暇はない。ここは危ない。とにかくシェルターに向かおう」
シェルター?そんなものがあるのか?疑問が付き次に出てくる。
「これは本当にただの地震なんですか・・?」
俺はふとそれを聞いてみてしまった。
「なぜそう思う?」
「俺、見たんです。変な化け物がビルを上から壊していくのを」
聞いてしまった。地震のショックで頭がおかしくなったかと思われるかもしれない。しかし緊急事態だ。どうしても確認しておきたかった。
「君は、あれが見えているのか」
予想とは違う反応だった。どうやらあれは、思春期が作り出した幻ではなかったようだ。
「あれが見えているとなると、無傷の理由も変わってくるな。シェルターにいくのはよそう。君は僕と本部に来てくれ。説明することがある」
シェルターの次は本部か。確実になにかに巻き込まれている予感がする。しかし、いまのこの疑問が解けるならついていくしか選択肢はない。確認しなければならないことがたくさんある。災害の規模、家族の安否。ほかにもいろいろ。
俺は立ち上がり埃をぱんぱんと落とした。そして男たちが向かう後ろをついていった。