第5話 ドラフトテスト・魔法戦
4月26日更新分(5/9)
試合開始の合図と同時にルギルは杖を抜いた。
安価という理由だけで買ったその杖は、一般的な物よりも細くて短く、頼りない印象である。
特殊な効果や得意属性も無い杖だが、取り回しやすく邪魔にならないところをルギルは気に入っていた。
当然、杖も小汚いのだが。
「『閃光』」
すぐさま『閃光』を放つ。
傭兵時代、何百回も何千回も使い込んだ魔法。
ルギルにとっては、息を吸うよりも簡単に魔法構成を組む事ができる。
真っ白の光球が杖の先から飛び出して、同時に弾けた。
先手必勝。
目を焼き尽くす眩い光がルギルを中心にフィールドを駆け巡る。
相手からすると、一瞬白んだ後、視覚が完全に奪われる初見殺し。
「うぁ、うわあああああ」
何が起こったのかも分からず、目を押さえて右往左往する相手に向かってルギルは魔法を放つ。
「『氷弾丸』」
高速回転する氷の弾丸は心臓を射抜いた。
対戦相手は激しい血しぶきを上げて力なく倒れる。
実にあっけない幕引き。当然動くことはなく、地面だけが赤く血に染まり続けた。
「いつもの癖で撃ちぬいたけど、ほんとに復活すんだよなこれ……」
不安になるルギル。
しかし突然、パリンっと音を立てて、ルギルの周囲を取り囲む立方体が割れた。
粉々になった結界は煌めきながら空気中に溶けていく。綺麗な光景だった。
気が付くと目の前の光景が嘘だったかのように、対戦相手はちゃんと立っている。
血塗られて真っ赤になっていた地面も、幻のように元に戻っていた。
(うおっ! さっきまで死んでたやつが……気味わりい。やっぱ俺は死にたくねえな)
初めて生き返る魔法を見て驚いていると、急にポケットに入れていた受験票から音声が流れた。
『あなたの勝利です』
確認すると名前と魔法量の他に、丸印が1つ記載されていた。
白星ということなのだろう。
目指すは七戦全勝での勝ち抜け。
同じ戦績同士の相手が充てられるということは、勝ち続ければどんどん敵が強くなる。
それが今から楽しみだった。
「つまらない魔法だな。華が無い」
そんな楽しみに水を差す、ルギルの耳に負け惜しみの声が聞こえてきた。
言ったのは当然、一戦目の相手。
『閃光』も『氷弾丸』はルギルの創った魔法である。
ルギルとしては、必死に工夫を重ねた自信作を貶されて気分が悪い。
「つまらなくてもお前の負けは変わらないぞ」
言われたら言い返す。
ルギルには平和に収める優しさなど、持ち合わせていない。
相手は鼻で笑った。
「はっ、お前は何も分かっていないな。貧乏人」
一敗目が余程堪えたのか、意味の分からない返答をされる。
「俺が何を分かってないんだ?」
ルギルが問い返すが、相手は口を開かない。
15分間、次の試合会場に飛ばされるまで目を合わせることすらしなかった。
『第一試合終了です。第二試合に移ります』
アナウンスが流れると、景色が変わる。
またしても、さっきと同じような立方体の中にルギルは入っていたが、見える校舎の角度的に一戦目とは全然違う場所に飛んだようだ。
『戦績が同じ相手と戦うのはもちろん、周囲は同じ戦績で固められています。後に戦う相手がいるかもしれません。対戦後はよく観察すると良いでしょう』
アナウンスを聞いて、ルギルは周囲の立方体に目を向けるが、サフィーナやヴァルガの姿は見えない。
すでに土がついたのか自分の周りにいないだけか、それは全ての試合に勝てばそのうち分かるだろう。
△ ▼ △
二、三、四戦目を何事も無く勝利し、戦績は四戦全勝。
ルギルは全ての試合を瞬殺で終わらせている。
『閃光』からの『氷弾丸』というお得意の必殺コンボが決まりまくっていた。
『第四試合終了です。第五試合に移ります』
初めて、景色が変わらなかった。ということは同じ場所でやるのだろう。
すぐに、五戦目の対戦相手が転移してくる。
それはドラフト志願者の中で数少ない、ルギルが知っている人物だった。
「また会ったな」
「久しぶりね」
暗めの髪色の内側だけを海色に染めた女、サフィーナ。
彼女もルギルと同様、四戦全勝でここまできた。
大陸一と言われるロミナリア魔法学校の第五席は伊達じゃない。
「そういえば、一番最初の試合前に言いかけてたことって何だったんだよ」
「この試合で私が勝った後に教えてあげるわ。どうせ時間が余るでしょうし」
サフィーナは挑戦的な笑みを浮かべて言った。
「おいおい、俺が勝った時も教えてくれよ。暇になるじゃねえか」
おどけた調子でルギルは軽口を叩いた。
魔法戦でも舌戦でも、なんなら殴り合いだとしても、ルギルには勝ちを譲ってやる気なんて無い。
恐ろしく負けず嫌いなのだ。
「ふふ、もし万が一勝てればね」
サフィーナは小悪魔のように笑う。
彼女にも、ロミナリア魔法学校を第五席で卒業した意地がある。
『第五試合、試合開始!』
遠隔音声魔法のアナウンスで舌戦が終わり、魔法戦が始まる。
ルギルはこれまでの試合と同様、短い杖をくるりと回して十八番を唱える。
当然、手加減するつもりは無い。
「『閃光』」
手のひらサイズの光球が打ち出されると、すぐに炸裂した。
立方体内はもちろん、半透明を突き破る程の光が辺りを満たす。
不可避の範囲攻撃はサフィーナですら避けられはずがなく――
「開始直後にピカピカ光らせてたのはルギルだったのね。一応対策しててよかったわ」
――サフィーナは目を瞑って回避していた。
ルギルが思ってるよりも『閃光』の威力は強く、離れたサフィーナの戦場にも届いていたらしい。
対応策が容易な事もあり、もう『閃光』は役に立たない。
しかし、一の矢を外したからといってルギルは動じない。
二の矢を射ればいい。それがだめなら三の矢でも四の矢でも、相手が死ぬまで射抜き続ければいい。
「『氷弾丸』」
凍てつく小さな氷片がサフィーナに勢いよく迫る。
サフィーナはそれを予期していたかのように杖を振った。
「『逆水流の海壁』」
氷の弾丸は、サフィーナの前に現れた水流の壁に阻まれ、中ほどで止まる。
防御魔法に水属性を付与した魔法で、中々にレベルが高い。
「やるな」
「まぁこれくらいわね。次は私から行くわ。『海淵なる大蛸足』」
サフィーナは、しなやかな細腕で杖を激しく振り回し、奏でるように詠唱した。
すると彼女を取り囲むように、地面から勢いよく八本の水塊が生えてくる。
その一本一本が、サフィーナの背丈を優に超えるほど長く、華奢な彼女の胴回りよりも太い。
暴力的な魔力量を武器にした、大型の属性操作魔法。
水で出来た魔法の蛸足は、一本一本がウネウネと独立して動く。
時折、ルギルを挑発するように、地面に力強く叩きつける動作も見せてくる。
(あれを喰らえばひとたまりも無いな)
幸い、と言っていいのかは分からないが防御に寄った大型魔法らしく、主導権はルギルにある。
まずは遠距離魔法で小手調べ、相手の戦力を分析することに決めた。
「『氷砲弾』」
『氷弾丸』に比べて速度は劣るが、弾の大きさと威力に優れた魔法。
拳骨サイズの氷の塊がサフィーナに向かって、かっ飛んでいく。
「甘いわ」
それをサフィーナは、二本の蛸足をクロスさせて受けとめた。
氷塊は蛸足を貫くことなく、水中で止まる。
それがルギルの狙いだった。
「『破裂せよ』!」
ルギルの新たな魔法によって、氷塊が水中で砕けた。
蛸足の中に無数の氷の欠片が散らばると、水温を急激に奪っていく。
瞬く間に蛸足は凍りついた。
氷のオブジェの完成である。
「まずは二本だな」
「残念ね、これ補充できるのよ」
蛸足の氷像を下から突き上げるように、新たな水の塊が現れる。
さっき凍らせた物と全く同じ。水で創られた巨大な蛸足。
残念ながら、太さも長さも劣化してるようには見えない。
流石のルギルもこれには苦い顔をした。
大型の属性操作魔法で、再生能力持ち。
どれだけの魔力量があれば、こんな魔法を使えるのか。
(遠距離から削るのは無理だな)
ルギルとサフィーナでは魔力量に大きな差がある。
さっきみたいに少しずつ削っていくと、ルギルの魔力が先に尽きるだろう。
遠距離での削り合い、消耗戦に分があるとは思えなかった。
(近接戦闘……か)
ルギルの得意分野ではあるのだが、あまり気乗りしない。
理由は一つ、近接戦闘用の魔法と相性が悪いから。
身体能力が高く、身のこなしも悪くないルギルだが、身体強化魔法や魔法剣などの近接魔法は、燃費が悪過ぎるため魔力が持たない。
短期決戦で決めないと、どうしてもガス欠してしまう。
「これを相手にするのは骨が折れそうだな」
「ふふ、ちゃんと折ってあげるわよ」
蠱惑的な微笑は、魔族のような戦い方をする彼女によく似合っていた。