フィルムカメラにまつわるストーリーその3
木下タクヤは地方のリフォーム会社に勤務する40才のサラリーマン。
妻と二人の子供と共に静かな生活を送っていた。
彼は性格的に寛容さが欠如しており、静かな家庭には年々暗い影も漂っている。
彼の妻は彼の厳格さと冷淡さに耐えかね疲弊しており心の距離は徐々に広がっていた。
彼はフィルムカメラの撮影を趣味にしており、愛機は高機能な35mmコンパクトカメラ。
撮影にはリバーサルフィルムを使用、地元の街並みをスナップ撮影している。
リバーサルフィルムは1個あたり3,000円以上もする高額な商品であり、
現像に対応してくれる写真店も地元にはなく郵送で東京の現像所に依頼している。
リバーサルフィルムは露出寛容度「ラチュード」が狭く正確な露出が要求された。
このラチチュードとは、フィルムがとらえることができる明るい部分から
暗い部分までの再現可能な許容の幅であるが、彼は自らの人生にこの概念を適用できず、
家庭内の問題に対しても寛容な気持ちがないばかりか白飛びや黒つぶれのような
対応をしていた。
妻の不満は増すばかりで、彼の態度は事態をさらに悪化させた。
家族はフィルムのラチチュードを超えた領域に入り、修復不能な状態に陥る。
タクヤは、妻の気持ちを理解しようとせず自分の考えを不寛容に押し通し続け、
妻は耐えられなくなり離婚。子供は妻が引き取り一人暮らしを始めた。
タクヤが住む街は江戸時代から続く宿場街道の歴史を持ち、
現在も有名な温泉地としての古い街並みが魅力だが、
隣県との交通の利便性も相まって大型ショッピングセンター
やホームセンター、全国フランチャイズ店の出店もあり、
自治体も移住に力を入れていた。
彼が勤務するリフォーム店も年々忙しさを増す。
離婚後も彼はつかの間の休日に、変わらない古い街並みと変わりゆく街並みをカメラに収めていた。
彼が撮影に露出寛容度の狭く価格も高いリバーサルフィルムを選ぶ理由は、カラーネガフィルムに比べて色の退色に強くキチンと保存すれば過去の色彩を長く保存できることにある。
この露出寛容度と彼の人生には重なる部分があった。
彼は正確さを求めすぎており寛容さには欠けていたが常に仕事に心を砕きその精度を追求していた。
しかし、ある日、その精度にミスが生じ工期が伸びて顧客に迷惑をかける事態に陥った。
今回の事を通して彼は自身の性格とフィルムの露出寛容度を絡めて深く考えるようになった。
彼のカメラにはオートブラケッティングというものがある。1回のシャッターで測光値、
マイナス値、プラス値を撮影してくれる機能だ。
この機能のおかげで露出の明るい部分と暗い部分が混在した場合でも迷わず撮影できるが、
仕事や私生活にオートブラケッティングはない、
だからといって常に自分を考えを測光値とする「正確」というものを追求することが最善とは限らない。
時には、寛容さが必要であることを彼は学んだ。
時が経ち、タクヤは新しいフィルムを試すことにした。
ラチュードが広いカラーネガフィルムだ。
彼はカメラを構え、新たな視点で地元の街並みを捉える準備を整えた。
カラーネガフィルムは地元の写真店でも対応が可能だ。
彼の人生もまた、新たな露出を迎えようとしていた。
私はオートブラケッティング機能のあるコンパクトカメラはRICOH GR1vを使用しています。
また、リバーサルフィルムを使用している方が不寛容ということではありません。