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夜の都に魔法書を  作者: アマモリイロハ
1/2

催花雨


「ねぇ、ねぇってば!! さっさと起きなさいよ!!」

私が布団を奪い取ると憂鬱そうに目を開けたのは幼馴染の丈太郎だった。

「おはよ……梨子。」

「はぁ…おはよ…。いい加減自分で起きれるようになりなよね? 今日何の日かわかってんの?」

「入学式かぁ…。行きたくない。」

「そんなこと言ってらんないでしょ!! 早く準備して!!」

気だるそうにベッドから立ち上がった丈太郎は学校に行く準備をするため部屋をあとにした。


私が何でこんなことをしてるかって?

それは…今は亡き丈太郎の母の遺言だったから。

約5年前、丈太郎の母親に癌が見つかった。発見された時点でステージ4、薬や手術でどうにもならないほど進行してしまっていたらしい。

父親は転勤族であまり家には帰ってこれないため私たちは毎日見舞いに行った。

「丈太郎、よろしくね? こんな事梨子ちゃんにしか頼めないから…」

亡くなる1週間前、痩せ細り皮と骨だけになったおばさんが細々としたかすれ声で私に伝えてくれた最後の言葉があったからだ。

それだけではない。

おばさんが亡くなってから丈太郎は塞ぎ込み、部屋に閉じ籠ることが増え、食事もまともに取らない生活が続いていたから。

小さい頃から勉強できて、スポーツも万能で、みんなからの人気者の丈太郎。だが何でも1人で抱え込む癖がある。

もし私がここで来なくなってしまったら?

もし1人にしてしまったら?

そう思うと私は放っておくことができなかった。


少し昔のことを思い出していると私の視界が突然真っ暗になった。

「わっ!!」

「相変わらず鈍臭いな〜、準備できたし行くか!」

顔にかけられたタオルは昔から変わらない丈太郎の匂い。私は急いでタオルをたたみ、丈太郎のいる玄関へ向かった。

外に出ると大粒の雨が降っている。

咲いたばかりの桜の花弁がアスファルトにべっとりと張り付き、見事な桃色の絨毯と化していた。

「入学式から雨かよ…」

「本当憂鬱だよね…。ってか毎年この時期って雨降らない?」

「あぁ、この雨か。催花雨だな。」

「さいかう?」

「そう、催花雨。桜の咲く時期に降る雨のこと。 まぁ、俺は結構好きだけどな!」

「私も…s」

言い終える前にどこからか女子特有の黄色い悲鳴が聞こえてくる。またこれだ。

丈太郎はモテる。

中学では常に成績トップ、バスケ部の部長を務めるほど運動もできる。誰にでも平等に優しく、性格もいい。身長は高1にして180cm越え、柔らかな黒髪は風になびくとふわりと舞う。くっきりとした二重が可愛らしい印象を与えるがしっかりと筋肉もある。所謂イケメン。

こんなのモテないはずがないのだ。

黄色い悲鳴が聞こえた後は必ずヒソヒソと何かを話しているのが聞こえるのももう慣れっこだ。

きっと私が隣にいるのが相応しくないとでも話しているのだろう。

私は成績も良くない、運動が特別できるわけでもない。顔面偏差値で言うと中の下くらいだし、スタイルが良いわけでもない。これと言って特徴のないどこにでもいる普通すぎる女。

こんな私に優しくしてくれるのは丈太郎が優しいからだって思っている。

「梨子、俺少し部活の勧誘見てから中入るから先行っててくれっか?」

「わ、わかった。またバスケ部?」

「いや他の部も見てみたいんだ!」

「そっか、じゃあまた放課後に」

「おう!! ちゃんと待っとけよー」

学校の門に一歩足を踏み入れると生徒たち部活の勧誘を始めていた。

無駄に凝った看板を持った生徒、新入生を見つけては必死に勧誘を始める生徒が傘の群れをなしている。どの部活も新入部員獲得のチャンスを逃したくないのだろう。

人混みをかき分けやっとの思いで昇降口に着き濡れてしまった靴下を脱ごうと座り込んだとき、勢いよく何がに押され前に倒れ込んでしまった。

こんなところで座り込んでいて邪魔だったのか…謝ろうと顔を上げると見下すように、嘲笑うかのように女子たちが私を囲む。

「あんた!さっきのイケメン君とどういう関係?」

「さっさと言いなさいよ!!」

「お前なんかが隣にいて良い人じゃなくない?」

「わ、私は幼馴染で……」

「幼馴染だからって良い気になってんじゃねーよ!!」

ただ丈太郎と登校しただけなのに何でこんなに言われるの?

あぁそうか。

隣にいるのが相応しくないからだ。

「ごめんなさい」

「ごめんなさい」

「ごめんなさい」

謝り続けていると私の耳から音が遠ざかっていく感覚がする。

雑音なんて無くなって、無音の世界に閉じ込められたような感覚に。

周り静かになってることに気づき見回してみると近くには誰もいなくなっていた。

知らず間にかなりの時間を過ごしてしまっていたらしい。

「あれ?」

私は急いで自分のクラスを確認し、教室に向かうと既にホームルームが始まっていた。

そっと扉に手をかけたその時…

「そこのあなた!!大丈夫!?」

先生と思われる女性が驚きを隠せない表情で声をあげた。

振り返るを白い廊下に真っ赤な鮮血がポタポタと落ちている。それが自分の膝から流れていると確認する間も無く意識を失った。




目を覚ますと知らない天井だったってフレーズがこんなにも見合う状況ってあるんだな…なんて呑気なことを考えていると、隣から聞き慣れた寝息が聞こえてくる。

「丈太郎…」

肩をさすると目を覚ました丈太郎が心配そうに声をかけてきた。

「いきなり倒れたって聞いて心配した。」

「ごめん。貧血だったっぽい…」

「もう大丈夫なのか?」

「うん、少し寝たから大丈夫!」

「よかった…今日はもう終わったから帰るか。」

「うん…」

私が寝ている間に入学式は終わってしまったらしい。

もちろん入学入試トップだった丈太郎は新入生挨拶をして女子たちから付きまとわれたんだとか。

高校に入っても私と丈太郎はまた同じクラスで席も隣。

今日起こった出来事を聞きながら帰路に着く。

お互いの家の前に着くといきなり腕を掴まれた。

いつの間にか大きくなっていたその手は力強くて振り解けない。

「お前、今日なんかあった?」

「…何にもないよ?」

「なら良いけど。なんかあったらちゃんと言えよ?」

「うん」

それ以上の言葉は交わさなかった。

きっと丈太郎には見透かされてしまっているのだろう。

良くも悪くも私たちは長い時間を一緒に過ごしてきた。

だから私が思っていることは丈太郎に伝わる、丈太郎が思っていることは私に伝わる。

玄関の扉を開け、自分の部屋のベッドに横たわるとまた眠りについた。



翌朝、目が覚めたのは太陽が上がる前。

学校でも寝てたし、家に帰ってからも長い時間寝ていたせいで頭が重く痛い。

鎮痛剤を飲み学校の支度を始めた。

いつも通りが今日も始まる。

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