漁村
「ほらー起きなさい!もう朝よ!」
「うーん……まだ眠い……」
彼女は僕から布団をはぎ取りながら言った。
僕たちはケーナの町、宿屋で目が覚めた。
次の目的地に出発するため、僕たちは朝早くに目を覚ました。
「次の目的地はハバナ村よ。大きな湖が特徴的ね」
エレーナは地図を広げながら言った。
ケーナで旅の準備を整えた僕たちは地図なんかの道具をしっかりと準備している。
この世界に来たばかりのすっからかんとはおさらばだ。
まあお金はいまだに持っていないけれども。
「湖か、魚とかおいしいのかな」
僕はのん気に答えた。
ケーナの町からハバナ村は道がひかれ、歩いて行くのにさほど苦労しない。
ケーナの町で聞いたところによると、ハバナ村は漁村なんだとか。
湖で魚が取れるなら新鮮な食事も期待できるだろう。
その前に一つやるべきことをやっておこう。
「エレーナ、ハバナ村に着くまで魔法の勉強しようか」
「ようやく教えてくれるのね!何したらいい?」
エレーナは目を輝かせている。
そうだな、魔法を教えることは初めてではないけど、それは前の世界の常識ありきだからな。
まずは僕の魔法の基礎を教えようか。
「君は『火球』の魔法は使えるよね?前に見たけどまたやってみてほしいんだ」
「わかったわ。いつも通りやるわよ。『火球』!」
前回と同じようにエレーナの足元に赤い魔法陣が展開された。
数秒遅れて手から火の球が射出される。
やっぱり、外部に魔法陣を展開すると発動が遅い。
これでは急な使用ができないだろう。
戦闘において速度は重要な要素である。
この世界の魔法はどんな進化を辿ったんだろうか。
少しこの世界の歴史も知る必要がある。
そんなことより、ひとまずはエレーナの勉強が先だな。
「じゃあ、今使った魔法陣を体の中で展開できるかな?」
「なにそれ?そんなやり方聞いたことないけど」
「いいから試してくれ」
エレーナは不思議そうな顔をしながら集中し始めた。
彼女の周りがうっすらと明るくなる。
体内で構築できなかった魔力が外に漏れだしているようだ。
今まで外に向かって魔力を流していたんだ、さすがに最初は難しいか。
「ねえクリス。全然できるイメージわかないんだけど」
「うーん……どうすれば……」
彼女はかなりの魔力を持っている。
多少の魔力ロスがあってもできないはずはないんだ。
あとはイメージ、それが固まれば簡単な事のはずだ。
そうだ!
彼女の魔力異常があった。
エレーナは無意識で身体強化の魔法陣を組んでいるはずだ。
その感覚を理解できればあるいは……
「エレーナ、君が体術で戦うときみたいに、魔力を込める意識をしないでやってみてもらえるかな」
「うーん……わかったわ」
再び彼女は目を閉じて集中する。
すると、先ほどと同じように彼女の周りは明るくなった。
やっぱりだめか、無意識でやるなんて人に言われてできるものじゃないよね。
魔法はイメージが全てといってもいい。
火を放つイメージ、植物を操るイメージ、岩を砕くイメージ。
それは魔法陣の構築も一緒だ。
仕方ない、多少荒いけど僕が手助けするか。
「そのまま集中しててね」
僕は彼女の肩に手を置いた。
その瞬間、あたりが光ったかと思うと、エレーナの手から火球が飛び出した。
彼女の足元には魔法陣は展開されていなかった。
「で……できたわ!今のは成功でしょ!」
彼女は驚きながらも成功したことを喜んでいる。
「全然できる気がしなかったのに、何をしたの?」
「僕の魔力で君の体に魔法陣を書いたんだ。
発動させたのは君の魔法だよ、僕はその補助って感じかな」
我ながら美しくない教え方だと思う。
過去にこのやり方をしていた魔法使いは、魔力を流しすぎて廃人にしてしまったことがある。
僕の技量ならまずそうはならないだろうけど、彼女が教え子なら危険なまねはしたくなかった。
それでも感覚をつかむことのほうが重要だ。
これで少しでも足掛かりになればいいんだけど。
「よくわからないけど、なんかイメージはつかめた気がするわ!
要は私が発動させたのは変わりないのよね」
「そうだよ、次からは今の感覚を忘れないようにね」
なんだか前の世界で弟子たちに教鞭をふるっていた時のことを思い出す。
僕が転移した後、ちゃんとやれていただろうか。
いやいけない、体は若くなっても、思考が老人すぎる。
なつかしさがなんだかつらく感じるな。
僕はこの世界でさらなる魔法の高みに行くんだ、覚悟はできてる。
そうこうしていると、前方に大きな湖が見えてきた。
ちょうど昼時前だろうか、水面に日差しが反射してまぶしい。
反対の岸がかすむほどの巨大な湖、それと同時にとても深いことが想像できる。
そんな湖の端に面して小さな村があった。
「やっとついたわね!ハバナ村!」
彼女は歩くことから解放されて喜んでいる。
「ここは一度来たことがあるのよ。私の好きなご飯屋さんがあるの、行きましょう!」
「まずは宿をとってからね」
僕たちは宿に荷物を置いてから、エレーナの言う食事処に向かった。
料理屋「マクロフィッシュ」、なんだか巨大なものが出てきそうな店名だな。
「ここの店は海鮮がとってもおいしくてね、それが忘れらんないの」
彼女が店の扉を開け、中に入った。
しかし彼女の言っていたような活気はなく、数人の客がいるだけであった。
「あらいらっしゃい、二人でいいかしら」
店の店員である女性が対応する。
「あ、そうです。
あの……以前来たときはもう少し、その……繁盛してたと思うんですけど」
僕が聞いていたのは、この村が魚介で有名だということだ。
そしてそれを食べにくる人も多いと聞いている。
しかしお世辞にもにぎわっているとは言えない風景であった。
「実は、最近魚が取れなくなってて、この店もお客さんが来てくれないんですよ。
今は他の料理を出してるんですが、それじゃ遠くからくる人なんていなくて」
「そうなんですね、お魚食べたかったですが仕方ないです」
僕たちは窓際の席に案内された。
メニューを見せてもらうも、魚介の使われた料理にはすべて斜線が入っている。
エレーナは肉料理、僕は野菜料理を注文した。
「魚じゃなくても、とってもおいしいわね!」
「ああ、想像以上だよ。
これなら客に困ることもなかっただろうに」
味はなかなか、いやむしろおいしいと言ってもいい。
なるほど、これは魚介が食べれなかったことが悔やまれるな。
これほどの腕前だったら客に困らなそうだが、魚を求めてくる外の人々はこの惨状に落胆するだろう。
噂は簡単に広まる、売りがなくなったなら客足も遠ざかるってものだ。
「でも、なんで魚が取れなくなったんだろう?」
彼女の疑問ももっともだ。
海ならまだしも、湖という閉鎖的空間で急に魚が取れなくなるものだろうか。
自然に魚がいなくなったとしたら、災害か何かか?
いやそんなものがあったなら、魚の取れない理由を村人が知らないはずはない。
「実は一つ、思い当たることがあるんだ。
僕たちが最初に湖を見たとき、水に魔力が流れているのを感じたんだ。
すごい微弱だったけど、弱い魚なら死んでしまうくらいのね」
「そ、そうなの?でも魔力って自然に流れるものなの?」
実際、魔力は様々なものの中にある。
木属性魔法なんかは樹木に流れる魔力に干渉して操作している。
でも、湖全体にまんべんなく満ちた魔力……
確実に何か異変が起きているとしか思えない。
「とにかく、明日にでも湖を調査してみよう。」
「ええ、わかったわ。
急にやる気出たわね、私たちにメリットがあるわけでもないでしょ?」
彼女はやる気に満ちた表情をしながら聞いてくる。
「そんなの、面白そうだからに決まってるじゃないか」
この湖に満ちる魔力は、どこからか漏れてるにしろ、誰かが流してるにしろ、魔法が絡んでいるはずだ。
この世界に来てからまだ面白い魔法は見ていない。
エレーナが放った『火球』くらいのものである。
いや『火球』の魔法がダメなわけじゃないけど、初級魔法は新鮮味にかける。
それよりも知らない魔法を見てみたいというのは魔法使いの性だ。
どんな魔法が見れるか、楽しみだ。
「面白そうだからこんな広い湖を調査するの?」
「そのとおりだよ」
エレーナは少し呆れた顔をした。
「でもそうね、この村のお魚また食べたいもの。
何かできるなら私もこの村を助けたい」
彼女の許可も得たことだし、明日はこの巨大な湖について調査することにしよう。
しかし魔力の拡散、何のメリットがあるんだろうか。
こんなことすれば魔力がすぐに底をつくはずだ。
もしかしたら誰かじゃなくて、何かがあるのか?
いやこれも明日になればわかることだ。
このときクリスは、湖の底にある何かの気配を感じ取っていた。