魔物
王国東部にある小さな町、ケーナ。
小さいながらも周囲の村落への補給線としてにぎわっている。
僕たちはこの町にたどり着いた。
「まずはここで旅の準備を整えないとね。あなた何の装備も持ってないんだもん」
「いやー……いろいろ事情があってね」
僕が今持っているのは転移したときに持ってきた魔導書や器具だけだ。
失念していた……。
食料品や旅の道具が必要だなんて転移前に想像できなかった。
「あんた旅人っていう割に全然それっぽくないわね」
エレーナは少し不思議に思っているようだ。
「そ、そんなことよりも早く買い出しに行こう」
ケーナには軽い露店が並んでいる。
多種多様な売り物があるから、ここで身支度くらいは揃えられそうだ。
「おいしそうな果物!一ついただけるかしら?」
エレーナは露店で赤く熟れた果物を手に取った。
食べごろなのか甘い匂いが漂ってくる。
「おお嬢ちゃん。そっちの連れの分も買っていきなよ。安くするぜ?」
「ほんと?じゃあもらおうかな。そうだクリス、お金ってどれくらい持ってるの?」
エレーナが首をかしげながら訪ねてくる。
僕としては気づかれたくなかった質問だ。
道中にもばれないように触れてこなかった。
彼女と旅をすることを決めた日からどこかで問題になると思っていた。
そう、僕は今無一文なのだ。
金銭を持っていないという意味ではないんだが、転移のときに持ってきた金銭は前の世界の通貨だ。
僕たちが町に入ってからずっと目を光らせているけど、僕が持っているものとは違う通貨が用いられているようだ。
前の世界では金貨と銀貨が流通していた。
だが露店では銅貨、それと低級な金属でできた硬貨が使われている。
推測だが、僕が持つこの金貨、誰かに見せてもお金として使えないだろう。
最悪、歴史的遺物として国やらなんやらに没収されるかもしれない。
「いやぁ……実は……お金、持ってないんだ……」
「え!?」
エレーナは驚いて固まってしまった。
兵士から逃げてた時よりも驚いてないか?
「あんた、どうやって今まで旅してきたのよ。そんなに強いんだから金銭的にも余裕あるのかと思って……結構あてにしてたんだけど……」
彼女は少し失望した目をこちらに向けてくる。
やめてくれ、僕の心は弱いんだぞ。
「まあいいわ。私もいっぱいお金持ってるわけじゃないし、旅の途中で稼げばいいものね」
エレーナは露店で二つ果実を買うと、一つを僕に投げてきた。
「途中までは私が出すから見合った働きをしてよね!」
果実をかじりながら彼女は言った。
「ああ、ありがとうエレーナ。僕は君にすごい借りができたね」
僕も彼女にもらった果実をかじった。
とても甘い味がした。
僕たちは旅の買い出しを続けていたところだった。
すると突然後ろから話しかけられた。
「ちょっとそこのあなたたち。あたしの話を聞いてくれないかしら」
振り向くと高齢な女性がいた。
いかにも一般的なおばあちゃんって感じだ。
「どうしたのおばあちゃん。話ってなにかな?」
エレーナが受け応える。
「あなたたち冒険者よね?息子から聞いたのだけれど、依頼を出したくて」
冒険者?旅人ってことかな。
依頼なんて形式ばったもの、旅人に出すものか?
息子っていうのはさっきの果物屋のことだろうか。
親しく話したのは彼だけだった、きっとそうに違いない。
「おばあさん、その依頼の内容を教えてもらえるかな。」
「引き受けてくれるのかい?この町の近くで魔物が悪さしてるのよ。どうにかしてほしくって」
魔物か、この世界でもしぶとく生息しているのか。
魔物は力を持った獣だ。
魔獣ともいうが、少量の魔力がある奴らは様々な能力を持っている。
それは人々に多大な悪影響を出しているのだ。
僕たちは隠れて旅をしているけど、魔物がこれからどれだけ人を殺すかわからない。
それに……
「別にやってあげてもいいんじゃない?こういうのは縁ってやつね」
「そうだね。困っている人には手を差し伸べないとね」
「本当かい?ありがとうね。最近冒険者がここらに来なくなってしまってね、困ってたのよ」
……ルシウス、僕は君たちの影が消えないよ。
困っている人は救う、体に染みついた記憶を思い出す。
にしても魔物の討伐ならエレーナの修行に使えるかも。
旅をするためには彼女の力量を知ることも大事だ。
「エレーナ、この魔物の討伐は君にやってほしい。僕はそれを見て、アドバイスできるか考えてみるよ」
「わかったわ。ちゃんと見てなさいよ!」
僕たちは魔物が出るといわれた場所へ向かった。
「まずは君の能力を見たい、僕はできるだけ手を出さないよ」
「とにかく、普通に倒せばいいのよね?私、こう見えて強いわよ」
彼女は僕と出会ったときに強烈な跳び蹴りをはなったのだ。
普通の女性はそんなことできないだろう。
きっとレベルの高い体術を身に着けているはずだ。
魔法の技術も見ておきたい。
『火球』程度の実力はあるんだ、使わない手はないだろう。
思うに彼女は魔法と体術を駆使した戦闘スタイルじゃないかな。
しばらく道を歩くと、指定された場所についた。
道の外には木々が生え、少し暗くなっている。
草むらをよく見ると、暗闇に光る目がこちらを見ていることに気づく。
「いるわね、それじゃいっちょやりますか!」
彼女が構えると、草むらからエレーナよりも一回りは大きい狼の群れが飛び出してきた。
ナイトウルフか、まあまあ強いけど大丈夫か?
ドガンッ!!
そんな心配とは裏腹にエレーナは狼の頭に蹴りを食らわせた。
次々に襲い来る狼を素早い身のこなしで制圧していく。
想像以上だ。
速さに長けたナイトウルフに余裕で追いついている。
それどころか簡単に倒している。
すごいな、護衛なんていらないんじゃないか?
次々と倒される狼たちは警戒して距離を取り始める。
エレーナに倒された瀕死の狼たちが立ち上がると、一斉に遠吠えを始めた。
すると木々の影からひときわ大きな狼が現れた。
「出てきたわね……あんたがボスよね!」
彼女が一撃を入れようとするも、ボス狼は飛び上がり華麗によける。
「何よけてるのよ!」
彼女の攻撃はすんでのところでよけられている。
その間、狼の牙がエレーナの体に襲い掛かる。
この群れは連携が取れている。
僕の目から見てもボス狼が攻撃を受け、そのほかが攻撃するフォーメーションだ。
エレーナは次第にダメージを受けている。
「う……痛いな!本気で行くよ!」
彼女は構えを取り直した。
一呼吸おいた瞬間、彼女の体が消え、狼が殴り飛ばされた。
いや消えたのではなく残像が見えたのか。
一撃に力を込めたその技はボス狼を倒すのに十分であった。
まじか、魔法なしで討伐しちゃったよ。
ナイトウルフは一般人ではまず倒せない。
彼女の体術を甘く見ていたようだ。
「いや……すごいね、そんなに強いんだ」
「でしょ!この程度ならあっという間よ!」
エレーナは得意げに笑った。
そのとき彼女の後ろに巨大な熊が現れた。
周囲の木々にも劣らない巨躯を誇る獣が立ち上がった。
大熊はエレーナに今にもとびかかろうとしている。
「『木槍』」
すかさずクリスは魔法を唱える。
周囲の木々が鋭く伸びて、大熊を突き刺した。
無数の槍が絶えず襲い掛かり、大熊の動きを止めた。
そして大熊の下の地面が開き、熊は落下していった。
「危なかったね。最後まで気を抜いちゃいけないよ。まあ、これは予想できなかったけど」
「今の何だったの!?狼だけじゃなかったじゃないのよ!」
「今のはフォレストベアかな。こんな人里にいる魔獣じゃないはずだけどね」
驚いている彼女を尻目に僕は考えていた。
今の大熊はかなり森の奥にいる魔獣で、こんなところに出てくるようなやつではない。
もっと強いなにかがいるのか、それとも誰かがつれてきたのか……
「……で、どうだった?どこら辺を直したらいいかしら」
「そ……そうだね、教えられることはあまりない……かな」
「えーなんでよ」
だって魔法使ってないじゃん。
今の戦闘、僕の方が魔法使ってるよ。
「僕は魔法以外はわからないから体術は教えられないよ」
「あそっか、魔法って疲れるから戦ってるときは使ってなかったのよね」
「魔法は理論から勉強して、おいおい戦闘に組み込んでいこうか」
それにしても彼女の体術は人とかけ離れている。
ナイトウルフを殴り飛ばすなんて芸当、普通できないだろう。
「君はどこで戦い方を学んだの?」
「昔、故郷で教わったの。師匠に散々叩き込まれたのよ」
「その師匠はきっとすごく強いんだろうね」
女の子がこんなに力強いなんて、帝国はどんな魔境なんだ。
だけど彼女の体術の強さには思い当たることがある。
魔力異常による身体の影響はいろいろあるが、彼女の場合それが肉体に出たのだろう。
その証拠に彼女からは少量の魔力が感じられる。
おおよそ無意識に使っているんだろう。
体内で魔方陣を書くやり方に近い、きっとすぐに一流の魔法使いに……
いやはや楽しみだ。
「魔物は倒したし、町に戻ろうか。君も疲れたでしょ?」
「そうね、動いたらすぐ眠くなるのよね。早く帰りましょ!」
ケーナの町に戻った僕たちは依頼の報告をしに露店のある場所に来た。
だけどおかしい、あの老婆が見当たらないのだ。
彼女は町を出るまでいたはずだ、報告も聞かないでどこかに行くなんてしないと思うけど。
そうだ果物屋!きっと彼は老婆の息子のはずだ、話を聞きに行こう。
「ばあちゃん?知らないね。俺のばあちゃんは別の町にいるよ。」
「え?」
二人は思いがけない言葉に驚く。
「ここから結構離れたとこにいるから、ケーナにいることはないと思うけどな」
「そうですか……ありがとうございます」
おかしいな、彼はあの老婆の息子ではなかったのか?
まあ証拠もないし、確実っていうこともないけど。
「どっか行っちゃったみたいね、あのおばあちゃん。魔物は倒したんだし、気にしなくていいんじゃない?」
「それもそうだね。今日はもう休もう」
そうだ、別に気にしなくてもいい。
なにか裏があったとしても、僕が対処すれば問題ない。
少し違和感?を感じるが……もういいだろう。
「明日は朝からこの町を出ようと思うわ。早めに寝なさいよね」
そうして二人はケーナの宿で眠りについた。