情報交換
僕たちはしばらく森林から歩いた。
道に沿って進んでいるものの僕はここらがどんな地域なのかもわからない。
ただ彼女についていくしかないのだ。
「エレーナ、僕たちはどこに向かってるんだ?」
「まずは近くにある小さな町に向かうわ。ここからだとケーナが一番近いわね」
彼女は地図を開いて言った。
旅の道具も含めて、それなりの装備を整えていることが目に取れる。
逃げるときに準備してきたのだろうか
「ついでだけど、君の知る限りでいいからこのあたりの地理について教えてくれないか?」
「いいわよ。まずは今いる場所についてね。ここはレメリア王国の東端にある森林ね」
エレーナは地図の右端にある森を指さした。
ここは僕が転移し、彼女がかくまわれていた集落がある。
「で、こっちがガルシア帝国。私の故郷ね」
地図の右側に目を落とすと国境を挟んで左側に大きな国がある。
これがガルシア帝国、僕たちの今の目的地か。
地図の縮尺が分からないけど、森林の大きさからみて長い旅路になることが想像できる。
ていうか国一つまたぐのか。
先が見えないな。
「そういえば、君は王国の兵士に襲われていたよね。国境を越える案があるのか?」
「そうね。その問題を解決するために目指すのがここ。中立国エベラ、どちらの国とも争っていない干渉国ね」
彼女は国境の下側、小さな国に指を置いた。
「この国はちょっと特殊で安全に通り抜けられるわ」
まあよくわからないけど、西に向かえばいいんだろうか。
「帝国の奥にも国はあるんだけど私はいったことないからわからないわ」
「そうなんだね。ありがとう」
目的地は帝国だ。
他の国については道すがら情報集めをすればいい。
「うーん……時間はあるし他にも質問していいかな」
「全然いいわよ。私の担当は情報提供だもんね。何が知りたいの」
「そうだな……まずは今が何年くらいなのか知りたい。僕がいた田舎とは暦がずれてるか確認したいんだ。」
僕が過去から来たことは変な誤解をされないためにも伏せておきたい。
前の世界とどのくらい違うのかは経過した時間でだいたい予想できるだろう。
「あんた、どんな辺境から来たのよ……そうね、今は2058年よ。どうかしら」
今は魔皇紀2058年か。
僕が転移したのが1257年だったかな。
だいたい800年くらい未来に転移したらしい。
「魔皇紀2058年か……僕のいた地域とも同じみたいだ。そこまで田舎じゃなかったね」
「魔皇紀?それが何だかわかんないけど、フロース暦で2058年だよ」
フロース暦?何を言っているんだ?
「?……今はフロース暦っていうのが主流なのか?」
「私もそこまで知らないけど、どこの国でも使ってるんじゃないかな」
そうか、僕の転移後に暦が変わったのか。
となるとフロース暦2058年か……少なくとも2000年くらい未来の世界ってことだよな。
自分が遠くの未来に来たことが、今になって急に実感がわいてきた。
「それにしても、どうして旅してるの?こんなところ通らないわよね」
「僕は魔法収集の旅をしてるんだ。あの森林に珍しい民間魔法があるらしいって噂があったけど、無駄足だったみたい」
全然嘘だけど、魔法について調べていきたいのは本当だ。
2000年もたっているなら魔法は大きく変わっているはずだ。
いやかなり期待できる、楽しみで仕方がない。
「さっきも魔法使ってたもんね。魔法が使えるなんて優秀なんだ。」
「魔法使いってどこにでもいるだろ?優秀っていうほどじゃないよ」
「いや魔法は才能の差が大きいんだよ。誰でもできるものじゃない」
彼女が言うにはこの世界の魔法はそれなりに希少な能力らしい。
前の世界では魔法使いはメジャーな役職の一つだったが、衰退してしまったのか?
「魔法は魔力の総量の多さで差が出るのよ。よほど向いてる人じゃないとやらないんじゃないの?」
そういうと彼女は道のわきにある巨大な岩に向かって手をかざした。
するとエレーナの足元に赤い魔方陣が展開された。
「『火球』!」
彼女のかざした手から火の球が飛び出し、岩の側面に直撃した。
大きな爆発音がしたが、岩は少し欠けた程度である。
「私も魔法は使えるんだけどね。そこまで得意じゃなくて……時間もかかるし、威力も低いから……」
「ああ、なるほど……」
今彼女は足元に魔方陣を展開した。
これは僕のいた世界と違う技術のようだ。
「ちょっと見ててね。『火球』」
僕は先ほどの岩に向かって魔法を発動した。
魔方陣は展開されず、すぐに火の球が飛び出す。
岩に直撃した瞬間に火の柱が立ち、あたりをオレンジ色に染め上げる。
エレーナは茫然と眺めることしかできなかった。
「ど……どうやって……ていうか魔方陣も展開しないでどうやって魔法を!?」
「そう、その魔方陣が時間ロスを生み出すんだよ。僕は自分の体の中に魔方陣を書いているんだ。そうすればすきなときに瞬時に魔法が使える」
「そんなことできるの……?」
火の柱が次第に消えた。
岩は粉々になり、跡形もなくなった。
「じゃあさ、私に魔法教えてよ!」
エレーナが僕に詰め寄る。
教えるにしたって、まずはどれだけ素質があるかなんだが……
僕は彼女の方を見る。
僕は相手の魔力量を視認する能力がある。
それにしても『火球』が使えるなら、最低限の魔力はあると思うんだけど……何より彼女の赤髪は覚えがある。
「わかったよ。この旅が終わるまででよかったら魔法について少しだけ教えてあげるよ」
「ほんと!やった!全然魔法使えなくて悩んでたんだ!」
彼女の魔力量はかなり多い。
前の世界でも普通に魔法でやっていけるくらいの総量が現時点でも備わっている。
「ずっと聞きたかったんだけどさ。君のその赤い髪は生まれつきなの?」
「そうよ。私の家系は赤い髪をしているの。でもそのせいで帝国の人間ってバレちゃうのよね」
生まれつきの赤い髪。
これは生まれた時に強い魔力を当てられて、体の一部が変色するという魔力異常の一つだ。
そしてこの魔力異常が発生する人間は等しく共通点がある。
「君の髪は魔法使いとしては優秀な証だよ。体の一部が赤い人は魔力量が人一倍多くなるんだ」
そういうと僕は右目にかかった魔法を解いた。
右目にかかった隠す魔法がゆっくりと解ける。
赤い目。
僕の右目は魔力異常によって赤い。
彼女のそれよりも小規模だが、同じ理屈である。
「綺麗な目をしてるのね。私の髪と同じ……それじゃ私もあなたみたいに強くなれるってことかしら」
「それは努力次第だよ」
「私の髪も悪くないってことね」
彼女の魔力量はこれから増えていくだろう。
外に魔法陣を展開するのは、魔力の消費がかなり大きい。
しかし彼女は疲れた様子が一切ない。
きっと魔力に対しての適正が高いのだろう。
僕と同じように魔法発動の誤差がないほうが、直線的な彼女の性格に合っているだろう。
「君は強くなれると思うよ」
それは本心だ。
僕の弟子のアルスタくらいまでは行くかもしれない。
この旅が終わった頃にどれくらい強くなってるか、楽しみだな。
「ていうか赤い目を隠す魔法があるなら私にかけて欲しいんだけど」
「そうだよね、君の髪は素晴らしいけどすごく目立つんだよね」
僕は彼女の髪に隠す魔法をかけた。
すると彼女の長く赤い髪はよく見かけるブランドの色へと変わっていった。
「ありがとう!これで王国の奴らにも見つからずにすむわ!」
エレーナは色の変わった髪を結いながら言った。
今まで隠れて過ごしていた彼女にとって赤い髪はかなりの痛手だったのかもしれない。
彼女とその後も軽い雑談をしていると、最初の目的地であるケーナの町が見えてきた。