プロローグ
魔皇紀1157年、勇者一行が魔王を討伐した。
彼らは長い旅路の末に世界に安寧をもたらした。
人々は彼らを称賛し、盛大に祝福された。
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魔王討伐から96年後、ある魔法使いが暇を持て余していた。
「ああー……そろそろ限界なのかな……」
荒野の中にひっそりと建つ小屋の中で私は一人ぼやいていた。
魔王討伐を果たしてから長い時を使い、勇者一行の権威と富の限りを尽くして魔法の研究にいそしんでいたがもうそれも終わりが見えてしまった。
もはやこの世界に私の知らない未知の魔法はないだろう。
古代魔法ならばあるいは……いや私の寿命が全然足らない。
「なにかいい案はないものか……」
大賢者が記したとされる魔導書を私はパラパラと無造作にめくる。
かつては難関中の難関といわれたこの本も今やなんの新鮮さも感じられない。
その本のあるページにふと目が留まった。
「転移魔法か……」
そのページには未来に転移する魔法についての記載があった。
そうか、未来に託してみるのも悪くない。
私の短い人生ですら多くの魔法を生み出すことができた。
長い時はきっと新しい発見をしてくれるはずだ。
「そうとなったら準備しなきゃな!」
私はまず持てる大半の魔導書を収める図書館を建設した。
魔導書の内容は全て頭に入っている。
これから一時的にこの世界を離れるのだ、私には必要ないだろう。
この国の王様は寛大だな、私がお願いしたら快く建設費用を出してくれた。
まあ、無数の魔導書が目当てなんだろうけど、いい気なもんだ。
これだけの魔導書があれば後世の人々が役立ててくれるに違いない。
次に魔法を研究する機関を設けてもらった。
魔法を発展させるために複数人が関与できる場所を作るためだ。
私の魔法収集に付き合ってくれた弟子たちにこの機関をまかせよう。
優秀な弟子たちだ、心置きなく後を任せられる。
そうこうしているうちに二年の歳月が過ぎていた。
「よし、未来への準備はできただろう」
私はいつもの小屋で魔方陣を描いていた。
超位魔法『転移』は時間軸を無視した移動を行う魔法である。
かつて大賢者が編み出した高度な魔法は私といえども相応の準備をしなければならない。
「……これであとは魔力を流すだけだ」
魔方陣は完成した。
最後に確認をしてから転移をするだけである。
すると突然に小屋の扉が開いた。
そこには白いひげを蓄えた老人が立っていた。
「久しいな、友よ」
彼は私の古い友人である。
かつての勇者一行の一人……というより勇者その人だ。
魔王討伐の伝説も今や昔の話。
お互いにずいぶん歳をとったものだ。
久しぶりに会ったというのにあまり見た目に変化がない。
老化とはこんなにも緩やかなものか。
「おいおい俺に一言も言わずに行ってしまうのかい?」
勇者は少々寂しそうに話しだした。
「君の魔法に対する情熱は知っているよ。止めたりはしない。」
「ありがとう。で、今日はどうして来たんだい?」
「いやなに、最後に一目顔を見ておこうと思ってな。今生の別れだからな」
私たちは軽く談笑した。
旅のこと、最近のこと、他愛ない内容の話だ。
老人の身になって、懐かしい話をすると涙もろくていやになる。
「ふう……じゃあ私はそろそろ行くよ」
「ああ、最後に話せてよかった。行ってこい」
私は別れを告げると魔方陣に魔力を流し込んだ。
まばゆい光が走り、次第に意識が薄れていく。
私はこの世界から完全に転移した。