プロローグ
僕には、将来を誓い合った女性がいた。
コルク色の長い髪と意志強い瞳をした、エリデンの森の精霊のような人だった。
話していくと彼女は達観していて、全てを諦めたようでいて、そして孤独な人だと知った。
小さな村の刀鍛冶に過ぎなかった僕には到底想像もできないほどの苦悩と葛藤を携えて、彼女はいつも探しものをしていた。
【自分自身を殺す方法】
それを気が遠くなるほどの間探しているのだと彼女は無表情で言った。自分の寿命は奪われてしまったから、親しい家族の死は看取ったから、だから早く死にたいんだと。解放されたいんだと。
毎夜の悪夢と涙にまみれる彼女の右手を取って、僕は約束をした。
『一緒に死にましょう、ネイエ。貴方を一人残すのも、
貴方を一人逝かせるのも寂しいですから。
貴方が願いを叶えられるように隣で手助けします。
だから、二人で一緒に死にましょう。約束です。』
小指を彼女に差し出せば、きっと馬鹿馬鹿しいと思われたのだろう。彼女は僕を鼻で笑って、その声を震わせた。
『お前達ヒトの寿命なんて線香花火と同じだ。
私の知らぬ間にあっという間に地に埋まる。
私が今日まで何年生きてきたと思っている?
そんなお前が私と一緒に死にたいなんて…死ぬまで…
一緒にいてくれる、なんてっ……。』
その言葉は段々と小さくなって、彼女の小指がゆっくりと僕のそれに絡められる。意志強いコルク色の瞳を煌めかせ、彼女は僕を抱き寄せながら甘くこう言った。
『ああ、約束だ。必ず一緒にこの世を去ろう、ハイル。
魔女は約束を破らないからな、逃げたら承知しないぞ。』
『望むところですよ。僕がしわしわになる前に叶えよう。
遺影は綺麗に残りたいものですし。』
『お前は俗物的だな。』
『貴方が関心無さすぎるんですよ、ネイエ。』
『言うようになったな小僧。』
これは確かな記憶。
手の届く距離にあった愛しき人。指を堅く絡めた約束。
あの木漏れ日の差し込む小さな家で、たしかに僕は──そこで場面が変わる。暗い。森の夜だ。声が聞こえる…?
__また置いていくのか!!
その声に【俺】ははっと目を醒ました。
まだ見慣れない天井。反射的に起こした上半身は汗ばみ、呼吸はハッハッと荒い。悪夢?いや、悪夢では無い。
ふと見えた窓外は薄闇に包まれて、向こう山の輪郭がぼんやりと光で縁取られて浮かんでいた。夜が終わろうとしている。
えくぼのある丸い手でシーツを掴み、じっとりとかいた汗を拭ったところで、時計塔の向こうから鳥が歌い始める。
すぐそこで、朝日が世界を覗く気配がした。命の営みのさざめきが聞こえてきて、今日という日がゆっくりと回り出す。
まるでそれがこの世の摂理であるかのように夜から朝へ、
そして【僕】から【俺】へ、バトンは渡されたのだった。