第四十話 光と闇
剣心境界の内では、かつて金色に広がっていた大草原が、二人の宇宙級の王者の激突によって見る影もなく破壊されていた。もっとも幸いなことに、この結界の中ではソロムネスの破壊の力は創造の力によって抑え込まれ、結界そのものを持続的に汚染することはできない。だが今この瞬間、魔法の衝突と異常なまでに濃密な魔力によって四方へ漂う濃霧と砂塵が渦巻くただ中では、二つの人影が電光石火のごとき速さで激突を繰り返していた。
パーリセウスは左手の金色の剣を下方からソロムネスへ突き上げる。ソロムネスは即座に、重く巨大な毀滅の剣を下へ押し込み、その刺突を封じた。だがその隙を突き、パーリセウスの右手からも、まったく同じ形の剣がほとんど同時に繰り出される。剣尖はまっすぐ、ソロムネスの喉元を狙っていた。
しかしソロムネスは即座に剣身を横へ倒し、盾のように構える。下では一本を押さえ込み、上では剣柄で別の一本を受け止めた。そして二本を同時に受けたその瞬間、上から来た剣のほうが明らかに重いことを悟る。
上のほうこそが、創造の剣か。
ソロムネスはすぐさま毀滅の剣の刃をさらに下へ押し込み、同時に剣身を支点にして、上方の剣尖を自らの身体から逸らそうとした。
だが、パーリセウスがそんな好機を逃すはずもない。左手に握っていたのが幻想の剣だと見抜かれたのなら、むしろ好都合だった。左手が押さえ込まれたその流れのまま身体をひるがえし、創造の剣を逆手に持ち替え、再びソロムネスの頸部へ鋭く突き込む。ソロムネスは避け切れず、剣柄で辛うじて軌道を逸らすのが限界だった。それでも掠めた衝撃だけで、右肩の鎧と、その下の漆黒の肉体が削ぎ落とされる。
ソロムネスは口から、セミトスの【逆世の審判】にも似た魔力衝撃波を吐き出した。狙いはただ一つ、一瞬だけでもパーリセウスの視界を乱すこと。そのわずかな隙を利用して急速に後退し、その最中に自身の肉体と鎧を修復していく。
もっとも、体格も重量も近い二人であれば、片手だけで両手剣の一撃を受け止めるなど本来あり得ない。だが厳密に言えば、パーリセウスは自らの手で創造の剣を握って攻撃しているわけではない。創造の瞳がそれを直接操り、空中を自在に飛翔させているのだ。でなければ、塵世宇宙と同等の重量を持つ創造の剣など、凡人どころか何者であろうと振るえるはずがない。しかも、もし本当にその重さのまま振るうことができるなら、軽く一閃するだけで空間そのものを引き裂いてしまうだろう。
だからこそ、ソロムネスが巨大で重い毀滅の剣を振り下ろすたび、パーリセウスは創造の剣をその剣路に横たえるだけで防御を成立させられる。残る片手には、創造の剣へと幻化した幻想の剣がある。それによって即座に攻撃へ転じられる。だが、パーリセウスが戦闘で優位を保ち続けている理由は、それだけではない。
まず、戦場が平坦な金色の大草原である以上、巨剣の間合いを活かして双剣の使い手を壁際へ追い詰めるような空間的制限が一切存在しない。さらに、パーリセウスの幻想の剣は、ただ創造の剣の形を模しただけではなかった。連続して毀滅の剣と打ち合うことこそできずとも、単発の威力は本来の創造の剣と同等だった。
そしてその幻想の剣が創造の剣へ幻化したことで、塵世宇宙の重量はさらに増し、もともと拮抗していた創造の剣と毀滅の剣の均衡は崩れ去った。創造の剣の重さは二倍となり、もともと宇宙そのものが不完全な逆世の神器に対して、絶対的な優位を得たのである。
しかもソロムネスには、どちらが本物の創造の剣なのか見分けることができない。彼は常に二本の剣を同時に警戒しなければならず、結果として取れる行動は防御に偏る。本来、滅世の瞳を持つ彼は時間や空間すら操ることができ、剣技のぶつかり合いなどという低次元の戦いに付き合う必要はない。だが他宇宙において、同じように時間と空間を自在に操る王者同士が相対した場合、そうした力は決定打になりにくく、むしろ同質の手段によって即座に相殺される。加えて、パーリセウスとソロムネスの鎧もまた尋常の装備ではない。領域王者級の魔法では傷一つ与えられず、虹神やセミトスほどの格であって初めて、その防御を破壊できる。
パーリセウスの攻勢は、さらに加速した。
ソロムネスは再び黒き戦甲を修復する。その鎧は稜角に満ち、鋭利そのものだ。触れただけで肉を削ぎ落とされるほどであり、まして最も濃密な破壊の力を纏うこの悪魔は、ただその前に立つだけでも、相手の理性を腐蝕し、自らの戦士へと変えてしまいかねない。
だが、遠方で一斉に竜の吐息を放つ構えを取っていた竜族の戦士たちは、そんな圧に屈しなかった。
チェルヴァンの指示により、ソロムネスがパーリセウスから、互いの剣尖が届く距離以上に離れた瞬間、竜族の戦士たちはエネルギー弾や吐息を一斉にソロムネスへ浴びせかける。たしかにそれらは宇宙級の王者へ決定的な損傷を与えるほどではない。だがソロムネスに一瞬たりとも息をつかせず、同時にパーリセウスの攻勢を妨げないという意味では、極めて有効だった。
「この場所では、ソロムネス。お前はあの世の雑魚どもを呼び出すこともできまい」
竜の吐息による焼灼、腐蝕、打撃――さまざまな性質の攻撃に一時的に足止めされているソロムネスを見据え、パーリセウスは冷笑まじりに言い放つ。
「すぐに、お前は前回と同じようにこの場で徹底的に叩き潰され、封じられる。今度こそ永遠に陽の目を見ることはない。お前の残党も、虹神によって一匹残らず殲滅される」
「まだ終わってはいない、パーリセウス。そう焦るな」
パーリセウスは目を細め、吐息の中から悠然と歩み出てくるソロムネスを、憎悪に満ちた眼で睨みつけた。
「お前はまだ、逆世の真の力の源を理解していない」
そう言いながらソロムネスは毀滅の剣を上方へ一閃する。結界そのものは破壊されなかったが、その斬撃は結界の内部に紫黒の異空間を裂き開き、竜族戦士たちの援護攻撃を遮断した。
ソロムネスは片手で毀滅の剣を握ったまま、右手を振る。直後、セミトスの奥義【骨噬邪炎・魔能の矢】にも匹敵する魔力衝撃波が、一直線にパーリセウスへ放たれた。パーリセウスもまた剣を握ったまま光の奔流を撃ち出し、真正面からそれを迎え撃つ。二つの衝撃波は正面でぶつかり合い、四方へ放射状のエネルギー嵐を撒き散らした。その激流は、再生が破壊に追いつかない金色の草原を容赦なく薙ぎ払っていく。
そして次の瞬間、パーリセウスはなお光束を維持したまま、衝突点へ接近していく。左手はすでに剣を握り直していた。突如として右手に力を込め、さらに巨大な光波を叩き込む。すると衝突点には、光の魔力が凝縮した球体が一瞬で形成された。パーリセウスはその刹那、瞬間移動するように光球の側面へ回り込み、左手の剣でソロムネスへ斬りかかる。ソロムネスもすでにパーリセウスの急襲には慣れていた。むしろ待っていたのは、この無理に踏み込んでくる瞬間だ。だからこそ彼もまた、真正面から毀滅の剣をパーリセウスの頭部へ振り下ろした。
パーリセウスの剣はソロムネスの胸を貫き、同時にソロムネスの毀滅の剣もパーリセウスの頭へ叩き込まれる。
だがその瞬間、両者の創造の瞳と滅世の瞳が同時に異なる光を放った。刺し貫かれた箇所と斬り裂かれた箇所に、それぞれ瞳と同じ色をした六芒星の魔法陣が輝き、傷は互いに一瞬で修復される。むしろ不利を被ったのはパーリセウスの側だった。まだ剣身がソロムネスの体内に残っている以上、次の毀滅の剣を防ぐためには、その剣を放棄して後退するしかない。だがパーリセウスが離れた途端、ソロムネスの体内に刺さっていた剣は消失し、同時に創造の瞳が構築した魔法陣を介して、空間転移によって再びパーリセウスの手元へ戻された。
たとえ両王者が魔力を無遠慮に振るえたとしても、毎回、宇宙そのものを消し飛ばすほどの規模で放てるわけではない。だからこそ、双方とも魔力だけで一瞬に決着をつけることはできず、それはあくまで補助手段となる。勝敗の本質は、電光火石の近接攻防にある。まして創造の剣と毀滅の剣、その絶対的な攻撃力だけで互いを十分に脅かせるのだ。ゆえに双方とも大きな失敗は許されない。たとえ負傷しても即座に治る。だが宇宙級神器の刃が、何度も要害へ食い込めば、それがそのまま勝敗を決する時となる。
守護神と比べることはできないにせよ、パーリセウスとソロムネスのような宇宙級の王者は、存在そのものがすでに不生不滅に近い。互いに互いを完全には殺せない。たとえ相手を肉片へ斬り刻んだとしても、守護神から与えられた庇護と魔力が、その身体を果てなく修復し続けるからだ。
だが、一度敗北すれば話は別だ。以前のソロムネスがそうであったように、封印によって再生も魔力回復も抑え込まれる。そうなれば、祝福も力も、もはや恩寵ではない。永遠に逃れられぬ枷となり、己を封じる不滅の鎖へと変わる。
本当に厄介な相手だ。卑劣で、穢らわしい。だが、この外道を俺の剣心境界へ引きずり込まなければ、塵世――俺が最も愛するこの宇宙は、今なお汚染され続けていただろう。決して、守護神に恥をかかせるわけにはいかない。
パーリセウスの全身から、さらに眩い金色の光が迸る。膨大な光の魔力を肉体そのものへ直接流し込み、自らの攻撃頻度を極限まで加速させたのだ。光の魔力は、その速度を支えるだけでなく、同時に暗の魔力による侵蝕を防ぎもする。攻防一体――まさしくそれだった。パーリセウスが一歩踏み出しただけで、空気は電離し、轟音とともに音爆が走る。戦況を見つめていたチェルヴァンが、わずかに瞬きをしたその一瞬の間に、パーリセウスは空間へ無数の残像を刻み、比類なき二本の創造の剣を振るっていた。ソロムネスの戦甲は次々に砕け散り、ついには顔を覆う兜だけを残すのみとなる。
ソロムネスは、これほど高速かつ密集した斬撃を受け切ることはできない。それでも彼は剣の軌道でパーリセウスの攻撃線を乱し、無理やり進路を変えさせ、向きを変えさせる。そして絶えず破壊の力を身体へ纏わせ、即席の鎧のように働かせる。とはいえ、それでできるのは、せいぜいパーリセウスの速度をほんの僅かに鈍らせることだけだった。
ソロムネスが横薙ぎの一閃で、空中に残っていたパーリセウスの残像を一つ断ち払った、その次の瞬間だった。パーリセウスは恐るべき速度でソロムネスの背後へ回り込み、横薙ぎのあと、双剣を握り直せぬ一瞬の隙を捉える。そして二本の剣を同時にソロムネスの頸へ絡めるように走らせた。
一条の剣光。
次の瞬間、兜ごと――ソロムネスの首は宙を舞っていた。




