第三十七話 正義降臨
虹の神は周囲へ視線を巡らせた。光神サイドハックの力を融合したその双眸は、光の魔力を“レーダー”のように走らせ、空間に漂う光と魔力波――それぞれの周波数を精密に捉え取る。先ほど激戦したこの宇宙に、セミトスの攻撃によって濃密に満ちていた滅びの黒霧が、ようやく綺麗に払われた。
視界が開けた瞬間、虹の神は理解した。自分の轟天の一撃で――いまこの宙域で「どれほどの悪魔が消えたのか」を。
炎帝・オルカ・ドムは、完全に滅した。もはや肉体を再生する余地すらない。
滅びの黒霧で幾度も蘇らされた暗帝・ケーズ・ロミールも、ついに一撃で痕跡を失い、骸すら残さず消散した。
爆破者・マルフォンは粉砕され、赤い魔力の核まで破壊され、再生は不可能となった。――もはや普通の石と変わりがない。
邪御者・ザンカフロスは魔能の鎧を限界まで展開して抗ったが、それでも耐え切れない。鎧が爆ぜ、露出した脆い魔力の霊体は、轟天の衝撃波に続く純粋な魔力の浄化に抗えず、静かに砕け散った。
不死者・クロルは爆圧で粉末となり、数億キロ先まで散り散りに飛び散った。一部の肉片は惑星の表層へ、あるいは虚空に漂い――しかし今、それらのすべてが狂ったように一点へ引き寄せられ、自らを繋ぎ直そうとしている。まったく気持ち悪い風景だった。
そして毀滅者・セミトス。――本体とほとんど見分けのつかない分身は討たれ、本体もまた数千万キロの彼方へと崩れ飛んだ。いまは毀滅の力で裂けた箇所を縫い合わせ、傷口そのものを“造り替える”ように修復している。元々防御面では長けていない彼では、虹の神の名に相応しいこの一撃を耐えるので精いっぱいだった。
残った悪魔は、わずか二体。前回の大戦で呼び出された悪魔たちに比べれば、まだ出来がいい。自分のこの轟天を受けても生き延びた――少なくとも、悪魔の中では俊秀と呼べるだろう。
だが、次の一撃で終わる。
虹の神・アルボルシューは考えながら魔力を蓄える。すると身の回りに七彩の輝きが満ちた。守護神の祝福を受けたこの肉体が、わずかに引き伸ばされたかのように見え、時空そのものが一瞬、凝滞する。
――それが宇宙最終速度だった。
虹の神はセミトスへ突き進む。まだ自分の体を修復している途中だったセミトスは、慌てて迎撃へ移るしかなかった。
その刹那。
凄まじい速度で肉体を繋ぎ終えたクロルが、全身すでに“黒”へ到達していた。鎌は全身漆黒。干からびていたはずの身体さえ、鎌と同じように黒い光を放っている。
クロルは短い呪文を詠唱し、眼前に黒い裂隙を開いた。そして躊躇なく裂隙に飛び込む。裂隙の内部は異空間のようで、細長いホールの先がどこかへ繋がっている。その終点――そこは、ちょうどセミトスへ攻勢をかけようとしていた虹の神の背後だった。
自分の世界、逆世ではなくこの塵世の中で直接ワープ現象を使い、奇襲にかかるクロル。彼は黒い鎌が虹の神の背を断とうと振り上げられる。
だが刃は、虹の神の七彩の輝きに弾かれた。なぜなら、神の体から放ったその光自体が盾となっていたからだ。
虹の神が背後の奇襲に気づかなかったわけではない。神七人によって合体したアルボルシューは、強化されたのは視覚だけではない。周囲の宇宙空間に存在する“あらゆる光”の揺らぎが、虹の神には輪郭として把握できる。さらに、木神・アルサイドと地神・スーズリオの力が混ざり合ったことで、クロルの魔力は具体的に測定され、抑制すら可能となっていた。
魔力を増幅しザンカフロスを超えたが、虹の神はクロルに構うつもりはなかった。七彩の光の防壁に一切の干渉ができないと悟った瞬間、クロルは――さらに形を変えた。
彼の黄色の双眸から突然黒い光が走る。もともと骨しかない体なのに筋肉は異様に膨れ上がり、破れた灰色のローブは滅びの黒霧へ置き換わっていく。黒い鎌もまた、毀滅の力そのものが凝った刃のように変質し、灰白の不吉な気配を四方へ吐き出した。
「死鎌!」
クロルが鎌を振り下ろす。上から下へ、近から遠へ。魔力の衝撃波が押し広がり、その斬撃に伴う毀滅の力が新月の形となり、あらゆる抵抗を断ち切っていく。さらに鎌に纏われた死の気配は、セミトスの逆世の審判のように、生の匂いを持つものを悉く沈黙へ変えようとした。
しかし、クロルの渾身の一撃で裂けたのは、虹の神の七彩の輝きの“表層”だけだった。
虹の神はそこでようやく判断を改める。クロルは、「後ほど」ではなく、今ここでついでに消しておくべき対象だ、と。
諦めていないクロルがもう一度斬撃を放った。だがその直後、虹の神は身を翻し、拳を一つ、迷いなく突き込んだ。
拳がクロルの胴を貫く。同時に、虹の神の魔力が注ぎ込まれる。
膨張し歪んだクロルの肉体は拳より純度の高い元素魔力が流し込まれていく。間もなく死霊と毀滅を纏っていたクロルの身体が、虹の神と同じ光を帯びはじめた。筋肉の奥に溜め込まれていた毀滅の力が、血潮のように噴き出し、制御を失って溢れ落ちる。
その醜い体はさらに膨らみ、浄化され、そしてついに限界が来る。
クロルは爆ぜた。だがその残滓は二度と再生へ向かわない、虹の神の魔力に圧し潰され、形を失い、徹底的に浄化されていく。
クロルを処理し終えた、その時だった。
セミトスが両腕を掲げ、無数の逆世の審判を凝集させる。ひとつひとつが惑星を引き寄せるほどの重力を孕むのは、魔力の総量がエネルギー場の構造そのものを歪めているからだ。
実際、凝集が完了するより前に、周辺の惑星は軌道を外れ、この地点へ向けて落ち始めていた。さらに遠方の恒星ですら、炎の球が引き伸ばされるように牽かれてくる。
だが、虹の神は慌てない。静かに力を練り、身を返し、より多くのエネルギー波を放つ。飛来する無数の逆世の審判へ、真正面から叩きつけた。
二つの力が衝突し、轟天ほどではないにせよ、凄烈な衝撃波が走る。軌道を外れて飛来していた惑星ですら粉砕され、破片となって散った。
衝撃波は勢いが止まらず、なお拡大を続ける。
虹の神が一瞬で“自分が創り得る数”を超える逆世の審判を相殺し、しかも単発の波で呑み込む――それを見たセミトスは、もはや量で押す以外に手がない。必死に、さらに、さらにと凝集を重ね、辛うじて抗う。
だが、虹の神はもう機会を与えない。
右手が伸びる。拳に集う魔力は比類がない。にもかかわらず、周囲のエネルギー場は不自然なほど乱れない。――まるで、虹の神の肉体そのものが場を増幅する器官になっているかのようだった。
虹の神は一直線に、簡易に星を粉砕する勢いの衝撃波へ踏み込む。
そして一拳、セミトスが必死に積み上げた爆発の壁を打ち抜き、そのままセミトスの身体を貫いた。
「終わりだ、悪魔ども」
虹の神は冷たく告げる。毀滅の力で肉体を代替し再生してきた悪魔たちも――虹の神の極めて純粋な元素魔力の前では、絶対的な力の差で“遮断”される。
再生できないセミトスは言葉を発しない。表情もない。猩紅の瞳は、なお感情の揺れを映さなかった。
だが、セミトス身体の奥――ずっと魔力核の代替として潜ませていた裂隙が、ついに露わになった瞬間。虹の神の顔色だけが変わる。
「……あり得ない。こんなエネルギーを吸収できる裂隙が存在するとは!ブラックホールでもない、転移門でもない。これは、いったい何だ」
今は考える暇がない。何としても裂隙を破壊し、封印するほかにない。そう判断した虹の神は猛烈な攻撃を続け、セミトスの肉体を確かに消し飛ばす。だが、そのすべてのエネルギーが裂隙へ吸い込まれていく。まるで、“攻撃その概念”が餌になっているかのように。
やがて裂隙は、満腹した獣のようにいったん収縮した。
――次の瞬間、また急激に拡大する。
その勢い、そのスピード。虹の神ですら呑み込みかけた。だが、即座に反応した虹の神は最終速度で距離を引き剥がす。
そして彼の目の前の遠方で、裂隙が爆ぜた。
それは単なるエネルギー爆発ではない。宇宙のエネルギー場そのものを、直接引き裂くような破裂だった。星体は言葉にできない速度で“消失”していき、闇の領域は半分が丸ごと欠落する。あまりにも無といえる中心部が、最初から存在していなかったかのように。
空間が歪み切ったあと、裂隙は不意に静まり返る。闇の領域の中央に、それは巨大な“門”のように浮かんでいた。
虹の神は、その裂隙から溢れそうな気配を感知した瞬間、背筋が冷えた。
覗き込めない黒い深淵――その中心から、突如として。黒と灰の巨大な円柱が一本、塵世宇宙へ向けて伸び出した。




