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9 近衛騎士は王女殿下に見抜かれる

「フェリクス! フェリクスったらもう、どこに行っていたの!? 大変なのよ!」


「セレシェーヌ殿下? どうなさったのですか!?」


 工房から王城へと直接登城し、近衛騎士の制服に着替えてからセレシェーヌの警護へ向かったフェリクスは、王女の私室へ入るなり、責めるような声に出迎えられた。


 たおやかな外見ながら、女王陛下によく似て芯はしっかり者のセレシェーヌがこれほどあわてふためいているなんて、滅多にないことだ。


 不在にしている間に何かあったのだろうかと緊張が走る。


 いつも優雅なセレシェーヌにしては珍しく、苛立たしげに部屋の中をあてどなく歩き回りながら、厳しい声を投げてくる。


「もうっ、フェリクスったらどうしてそんなに落ち着いているの! 先ほど、侍女達から聞いたのだけれど……。昨日、リルジェシカ嬢がディブトン子爵令息に婚約破棄を言い渡されたのですって!? しかも、その場にはあなたもいたというではないの! どうして昨日のうちにわたくしに教えてくれなかったの!?」


 きっ! と菫色すみれいろの瞳でフェリクスを睨みつけたセレシェーヌが、可憐な美貌を曇らせる。


「ああっ、可哀想なリルジェシカ嬢。突然、婚約を破棄されるなんて、どれほどの悲嘆にくれていることでしょう……っ! 昨日、早々に退室したのも、きっと人前で泣くまいとこらえていたからに違いないわ! ひとこと、わたくしに教えてくだされば、少しでも心が癒されるように慰めましたのに……っ」


「あの、セレシェーヌ殿下。そのことですが……」


「フェリクスもフェリクスよ! 傷心のリルジェシカ嬢をひとりきりで帰らせるなんて! こんな時こそ、優しくリルジェシカ嬢を包みこんで癒してあげるべきでしょう!?」


 厳しい口調で責められ、フェリクスは口に出そうとしていた言葉を飲みこむ。


 もし、フェリクスがセレシェーヌのように他人からの伝聞でリルジェシカの婚約破棄を耳にしていたら、同じ怒りを覚えただろう。


 だが、実際のところは。


「セレシェーヌ殿下」


 わずかに声を強め、尊敬する主を呼ぶと、察しのよいセレシェーヌはすぐに口をつぐんだ。


「確かにわたしは婚約破棄の現場に居合わせ、リルジェシカ嬢の言葉を耳にしました。彼女は婚約破棄に、その……」


 輝くような笑顔と弾んだ声音の「ありがとうございますっ!」が脳裏に甦る。


「もともと、望んで結んでいた婚約ではなかったそうで……。婚約が破棄になったことを、非常に喜んでおりました」


「…………なんですって?」


 セレシェーヌが珍しく、ぽかんと呆けた顔になる。きっと昨日のフェリクスも同じような顔をしていたことだろう。


「フェリクス、それは本当ですの? ディブトン子爵と言えば、裕福でマレット男爵家より家格も上でしょう? 婚約を破棄されたとなれば、口さがない貴族達から後ろ指をさされるでしょうに……。それでも、リルジェシカ嬢は本当に婚約破棄を喜んでいたというの?」


 偽りは許さないと言いたげに、セレシェーヌが厳しいまなざしを向けてくる。


「剣に誓って嘘ではありません」


 騎士の魂ともいえる剣に誓うと、立ち止まって話を聞いていたセレシェーヌが、ようやく椅子に腰を落ち着けた。主の心配を払うべく、フェリクスは言を継ぐ。


「わたしも、本当は哀しみにうち沈んでいるのではないかと心配で、朝からマレット男爵の屋敷を訪ねたのです。ですが、リルジェシカ嬢は不在で、靴職人の工房に行っていると教えられまして……。工房にも向かって、本人にもう一度尋ねましたが、昨日と同じく、婚約破棄のことはまったく気にしていないと……。セレシェーヌ殿下?」


 話すうち、にまにまと顔を緩ませはじめた主に、いぶかしげに問いかける。


 セレシェーヌは楽しくてしかたがないと言いたげな微笑みを浮かべていた。


「あらあら、あなたが珍しく、急に今朝は休みが欲しいと言い出したから、何ごとかと思っていたけれど……。そう、リルジェシカ嬢の工房にまで彼女を訪ねて……」


「と、当然でしょう! 目の前で、手酷く婚約を破棄されたのですから、彼女を知る者として、気にならないわけがありません!」


 じわじわと顔が熱くなってきているのが、さわらなくてもわかる。


 思わせぶりにフェリクスを見つめるセレシェーヌは、すこぶる楽しげだ。


「知人として、ねぇ……」


「ええ、そうです。わたしはそれ以外の意図など――」


「あるわよね? あなたにとっては、絶好の機会ですもの」


 フェリクスの言葉を無視して、セレシェーヌが歌うように告げる。


「リルジェシカ嬢はまったく気づいていないけれども、あなたの視線が誰に向けられているのか……。傍目はためには丸わかりよ」


「な……っ!?」


 あっさりと暴露され、言葉に詰まる。一瞬で頭のてっぺんまで血がのぼったのがわかった。


 まさかセレシェーヌに見抜かれているとは、思いもよらなかった。


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