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6 靴職人令嬢と親方と

 朝食の後、皿洗いを済ませたリルジェシカは、いつものように真っ直ぐレブト親方の工房へ向かった。


 マレット家の屋敷は王都の外れと言って過言ではない位置にあり、平民が暮らす職人街にほど近い。


 人通りの少ない屋敷前の道から、職人街へ通じる活気のある道へ曲がっていくと、ほどなくレブト親方の小さな工房が見えてきた。


 他の靴工房では、工房の入り口に大きなカウンターを備え付け、壁や天井にいくつもの靴をぶら下げて販売に力を入れているところもあるが、作った靴を他の工房におろして売ってもらっているレブト親方の工房の入り口は、簡素な木の扉があるだけで、靴の絵が描かれた看板が掛けられていなかったら、靴工房とすらわからぬだろう。


 だが、注文が引きも切らないところや、わざわざ親方に靴の修理を頼む客が大勢いることから、レブト親方の腕が確かなのは明らかだ。


「おはようございます、親方」


「おう」


 リルジェシカが工房に入って挨拶をすると、五十がらみのレブト親方は、ちょうど作業机に広げた牛の革を切っているところだった。


 視線は手元に落とされたままで、顔を上げさえしない。


 が、こんなのはいつものことだ。むしろ、リルジェシカは一心に靴作りに打ち込む親方の集中力を尊敬している。


 挨拶もそこそこにリルジェシカが歩を進めたのは、工房の奥にあるリルジェシカ専用の小さな作業部屋だった。


 リルジェシカがレブト親方に弟子入りしたのは、まだ十歳にもならない頃だった。


 偏屈と有名なレブト親方には弟子がひとりもいなかったにもかかわらず、両親がぜひにと親方に頼み込んでくれたのだ。


 工房に通えるようになった時、リルジェシカは日がな一日、親方のそばでまばたきも忘れるほど親方の仕事ぶりに見入って、靴作りの基礎を学んだ。


 弟子入りだけは許してくれたものの、レブト親方はリルジェシカに靴の作り方を教えてはくれなかったのだ。


「貴族の嬢ちゃんだろうとなんだろうと関係ねぇ。職人になりてぇんだったら、見て技術を盗みな」


 と。


 弟子入りしてから七年も経ったいまのリルジェシカなら、それが決して親方の意地悪などではなく、他の職人とは違う独学の靴作りをするリルジェシカのために、自分で必要な技術を見極めて学べという親方なりの優しさなのだとわかる。


 その証拠に、親方はリルジェシカが質問をすると顔をしかめつつも懇切丁寧に教えてくれたし、靴の作り方だけでなく、それぞれの革の特徴や仕入れ方まで教えてくれた。


 そんな親方が工房の奥の小部屋を片付けて、リルジェシカ専用の作業室として与えてくれたのは、リルジェシカ一人でもちゃんと靴を作れるようになった三年前だ。


「ったく。最近の客は靴を頼みに来てるんだが、お前と話すのが目当てで来てるんだか、わかりゃしねぇ。マレット男爵にはちょっとした恩がある。預かった娘に変な虫をつけるわけにゃあいかねぇからな。リルジェシカ、お前、用がない限り、奥の作業部屋から出てくんな」


 と言われたリルジェシカは、一も二もなく頷いた。


 レブト親方の仕事ぶりを見つめて勉強したり、靴作りをしたいのに、最近は、男性客が、やたらとリルジェシカに話しかけてくるせいで、なかなか集中して作業ができなかったのだ。


 レブト親方の大切なお客様なのだからと愛想よく応対していたものの、彼らはリルジェシカが靴職人だと言っても、「貴族のお嬢さんがおもしろい冗談を」と笑うばかりで、注文しようとする素振りすらない。彼らが受け取りにきた靴の一部は、リルジェシカが修理したにもかかわらず、だ。


 貧乏なマレット家は、使用人がいない分、リルジェシカ自らがしなければならない家事も多い。それでも、リルジェシカは時間が許す限り、毎日工房に来て、靴作りに打ち込んでいた。


 今日も今日とて、作業部屋でセレシェーヌのための新しい靴を縫っていると。


「おい、リルジェシカ。客だぞ」


 不意に親方にしわがれ声をかけられ、はっと我に返る。


「お客様、ですか……?」


 いままで、リルジェシカ目当ての客なんて来たことがない。いったい誰だろうかと思っていると。


「フェリクス様!」


 レブト親方に案内され、作業室に姿を見せた人物を目にした途端、リルジェシカはあわてて椅子から立ち上がり、戸口へ駆け寄った。


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