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47 靴職人令嬢、工房に駆け込む

「おいっ!? リルジェシカ!?」


 工房につくなり、顔を伏せたまま作業室に駆け込んだリルジェシカの背中に、レブト親方のあわてふためいた声が飛んでくる。


 だがリルジェシカは無言で扉を閉めると、親方が開けられないように背中を扉に押しつけた。


 足がえて力が入らず、背中で扉をこするようにして、ずるずるとへたり込む。


「う……っ」


 ようやくひとりきりになれた瞬間、こらえていた涙があふれ出す。


 馬鹿だ。底抜けの愚か者だ。恋心に気づくと同時に、決して叶わないと思い知らされるなんて。


 曲げた膝に額を押しつけ、ぎゅっと両手で足を引き寄せる。


 こぼれる涙と嗚咽おえつが履き古したスカートにしみこんでいくが、どうだっていい。


 リルジェシカの様子がおかしいことは気づいているだろうが、気を遣ってくれているのか、レブト親方が声をかけてくる様子はない。


 その優しさに甘え、涙があふれるのに任せ、ぎゅっと自分で自分を抱きしめる。


 自分で自分の愚かさに呆れてしまう。


 恋心になんて、気づかなければよかった。


 そうすれば、フェリクスの婚約を笑顔で祝福できたのに。


 これから、いったいどんな顔でフェリクスに会えばいいのだろう。いかに優しいフェリクスといえど、リルジェシカなどが分不相応な恋心をいだいていると知れば、呆れ果てるに違いない。


 もう二度と、あの包み込むような笑顔を向けてもらえることがないのかと思うと、また新たな涙があふれてくる。


 ぐすっ、と鼻を鳴らし、すっかり濡れたスカートが張りついた膝頭に額をこすりつけた拍子に、視界の端で碧いきらめきが揺れた。


 涙でにじむ視界をそちらに向ければ、リルジェシカの動きに合わせてひらりと揺れたのはフェリクスから贈られた碧いリボンだ。


 フェリクスの瞳と同じ、綺麗に晴れた空の色。


 まるで、曇天の中、雲間からひとすじ差し込んだ光のようなあざやかな碧色に、リルジェシカはぐすっと鼻をすすり上げ、手の甲で涙をぬぐう。


 のろのろと顔を上げた先にあるのは、木型を並べている棚だ。形が整えられた木型の中で、一組だけ異彩を放つ、まだ粗削りな他より一回り大きな木型。


「依頼、を……」


 ちゃんと果たさなきゃ。


 呟きは呼気にまぎれて最後まで声にならない。


 依頼された靴を最後まで仕上げないなんて、言語道断だ。職人の風上にも置けない。


 それに、まだリボンのお礼だってちゃんとできていない。


 リルジェシカがフェリクスを喜ばせられる手段なんて、靴作りしか思いつけない。フェリクスに想いを告げることができないのならば、せめて……。


 ありったけの想いを込めて、依頼された靴を仕上げよう。


 告げられない想いを一縫いごとに込めて。せめてもの、婚約のお祝いに。


 そうすればきっと……。この胸の苦しさだって、いつかは忘れられる。


「……よしっ」


 気合をこめて立ち上がる。


 フェリクスを想うだけで、胸はきしむように痛むけれど。


 きっと、時間が経てば忘れられる。


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