33 靴職人令嬢、知らぬ間に助けられる
「おい。フェリクスだったか」
作業室へ駆け込むリルジェシカの華奢な背中を見守っていたフェリクスは、レブトに呼びかけられ、はっと我に返った。
「はい。なんですか?」
「お前、ちょっとひとっ走り行って、昼飯買ってこい」
「……はい?」
突然、おつかいを言いつけられ、思わず眉を寄せる。が、レブトはフェリクスの反応など頓着せずに顎をしゃくってリルジェシカが消えた作業室を示した。
「あいつ、昼飯を食ってねえぜ? ったく、靴作りに夢中になるといっつもああだ。集中しすぎて食事まで忘れちまうんだよ」
はぁああっ、とレブトが嘆息する。だが、そのまなざしはどこか優しい。
「あいつの好物は、この通りを少し行ったパン屋のベーコン入りのパンだ。ふだんは麩入りの安いパンしか買えねぇって言ってたから、差し入れしたら喜ぶと思うぜ?」
「っ! ありがとうございます! 行ってきます!」
背筋を伸ばして即答する。
無骨なレブトから後光が差して見える。リルジェシカの好物を教えてくれるとは、なんとよい人物だろう。
「他にリルジェシカ嬢の好物はありますか!?」
後学のためにも、と勢い込んで尋ねる。
「あぁ? そうだな、『羊の足跡亭』の羊肉のシチューとか、肉入りのパイとか……。ふだん、質素なモンしか食えてねぇって言ってたから、肉とか魚は喜ぶだろ」
「わかりました! 肉と魚ですね!」
すぐさま飛び出そうとすると、
「言っとくが、食いきれねぇほど買ってくるんじゃねぇぞ!?」
と、フェリクスの心を読んだように釘を刺された。
「き、気をつけます……」
リルジェシカの喜ぶ顔が見られると思うと、いくらでも買ってきてしまいそうだ。借金を返すほどのお金はなくても、パンやパイなら山ほど買ってこられる。
自制するよう気をつけねばと思いながら、フェリクスは足早に工房を出た。