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20 靴職人令嬢、愁いに沈む

「望まぬつきあいをわたしが許すとでも?」


 フェリクスの声は先ほど以上に低く、固い。姿の見えぬドルリーが、気圧けおされた様子もなく、楽しげに喉を鳴らす音が聞こえた。


「……なるほど。近衛騎士殿の守りは堅牢けんろうなご様子。ここはいったん、退くといたしましょう。ザック、もう革は選び終わっただろう? フェリクス様、リルジェシカ嬢。ではまた」


 ドルリーが踵を返して歩き出す靴音がする。明らかに不承不承といった顔つきで、ザックがその後についていく。


 すれ違いざま、憎しみのこもった刺すような視線で睨みつけられ、反射的に身体に震えが走る。


 と、リルジェシカの指先を包むフェリクスの右手に、励ますようにふたたび力がこもった。大きな手のひらに包まれるだけで、緊張に強張っていた心がほどけていく心地がする。


「大丈夫かい?」


 ドルリーとザックが倉庫を出てから、フェリクスがリルジェシカを振り返り、気遣わしげに顔を覗きこむ。心配そうな声は、いつものフェリクスの印象通りの穏やかさで、リルジェシカはほっと小さく息をついた。


「大丈夫です。その……。私のせいでザックさんの仕事を奪ったのかと思うと、申し訳なくて……」


 同情など、傲慢ごうまんだとわかっている。ザックが知れば、余計に激昂するだろう。


 けれど、余人はともかくリルジェシカ自身は、名誉や栄達を望んで靴作りを始めたわけではない。


「それは違うよ」


 うつむいていると、手を握っていないほうのフェリクスの手のひらに、そっと頬を包まれた。


「先ほども言ったが、どんな分野であれ、優れた者が取り立てられるのは当然のことだ。誰かに光が当たれば、その分、陰になってしまう者が出てくるが……。そのまま日陰で腐っていくか、もう一度、陽の当たる場所へ出ようと足掻あがくかは、その者の意思次第で、周りがどうこうできることじゃない。だから、リルジェシカ嬢が気に病むことはないよ」


「はい……」


 厳しいが、フェリクスの言葉は正論だ。それに、リルジェシカ自身、せっかくの機会を逃したくないと思っている自分がいるのも確かだ。


 だが、すぐには気持ちが切り替えられず、うつむいたままでいると、包み込んだ手のひらが優しく頬を撫でた。


「ひゃっ」


 くすぐったさに思わず声がこぼれ出る。


「そういう優しいところもきみの魅力のひとつだけどね。女王陛下は優れた者を取り立てる気概にあふれた御方だ。さっきの職人がよい靴を作れば、また取り立てられるに違いないよ」


「じゃあ、私も負けないくらいよい靴を作らないといけませんね!」


 励ましに感謝しながら顔を上げると、予想以上の近さで凛々しい面輪がリルジェシカを覗きこんでいた。


 呼気が肌にふれそうな近さに、心臓がぱくんと跳ねる。同時に、ずっと手を握られたままだということに気づき、ますます鼓動が速くなる。


「す、すみません……っ! あの、庇っていただいてありがとうございました……っ」


 あわててフェリクスの手から自分の手を引き抜き、ぺこりと頭を下げて一歩後ろに下げる。


「す、すぐに革を選びますね。少しだけお待ちください……っ」


 きっと真っ赤になっているだろう顔を見られるのが恥ずかしくて、くるりと後ろを振り返ると、口を挟まず見守っていた親方の声が飛んで来た。


「今日も鹿革を仕入れていくんだろう? なら、多めに仕入れて行った方がいい。さっき、ザックが大量に仕入れて行ったからな。在庫切れになったら困るだろう?」


「ありがとうございます!」


 親方の助言に感謝する。それに、女性用の靴に使う鹿革を大量に買っていったということは、ザックはまだ諦めていないということだ。他人事ながら、ほっとする。


「それと……。牛革も少しください」


 ちらりとフェリクスに視線を向けてから告げると、親方が太い首をかしげた。


「嬢ちゃんが牛革を買うのは初めてだな。いつもと違う靴でも作るのかい?」


「はい、こちらのフェリクス様の靴を……」


 こくんと頷くと、フェリクスがあわてた声を上げた。


「いや、わたしの靴なら後回しで……っ」


「はい、すみません。どうしても後回しにさせていただくことになるんですけれど、モレル村へ来る機会もなかなかありませんし、せっかくフェリクス様のお靴を作らせていただけるのなら、ちゃんと一から自分の目で革を選んで作りたいって思ったんですけれど……」


 それとも、フェリクスは親方が選んだ革のほうがいいだろうか。


「私が選んだ革じゃ、だめ……ですか?」


 長身のフェリクスを見上げ、首をかしげて問うと、フェリクスが弾かれたようにかぶりを振った。


「い、いやっ! だめなことなどあるものか! その……、嬉しいよ」


「ほんとですか!? よかったです!」


「だったら嬢ちゃん、いい革があるぜ。見てみるか?」


 二人のやり取りを見守っていた親方が、にやりと笑って口を挟む。


「はいっ! お願いします!」


 親方の言葉に、リルジェシカは声を弾ませて駆け寄った。


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