11 女王陛下からの依頼
「お母様がリルジェシカ嬢の靴をとっても気に入られたの! こんなよいものをどうして今まで教えてくれなかったの、とわたくしに恨み言をおっしゃるほどで……。今後は、靴に関してはすべてリルジェシカに任せたいとのご意向なの。取り急ぎ五足ほど、リルジェシカに靴を作ってもらって、あとは少しずつ、いまある靴を総入れ替えしたいのですって」
「それはそれは……。リルジェシカ嬢の靴をよほどお気に召されたのですね」
一刻ほど前、丁寧に自分の足を測ってくれたリルジェシカの真剣な様子を思い出す。
女王の足にふれるわけにはいかないため、セレシェーヌの靴のもとに女王の靴を作ったと聞いているが……。
あれほど丁寧な仕事ぶりなら、きっと出来も素晴らしかったのだろうと予測がつく。
女王陛下の反応を気にしていたリルジェシカに伝えてやれば、きっと大喜びするに違いない。
「リルジェシカに要望を渡してほしいと、お母様から文書も預かっているの」
セレシェーヌが丸めた羊皮紙を取り出す。
「では、今からわたしがリルジェシカ嬢に届けて、女王陛下のお言葉を伝えてまいりましょう」
「一日に二度もリルジェシカ嬢に逢う口実ができたわね」
セレシェーヌがからかうように笑う。
「近衛騎士としての任務ですから、私情ははさみません」
もしかして、無意識に口元が緩んでいたのだろうかと、フェリクスはあわててしかつめらしい顔を作ると堅苦しく告げる。
「あら、あなたは堅物すぎるきらいがあるのだから、もう少し、柔軟な対応をしたほうがよいのではないかしら?」
セレシェーヌが大真面目な表情で、不出来な生徒を諭す教師のように助言する。
「あなたが他の令嬢や侍女達に余計なちょっかいをかけられないように、あえて、ふだんからしかつめらしい顔でつれない対応をしているのは承知しているけれど……。そのせいでリルジェシカ嬢にまで隔意を抱かれては困るでしょう?」
「それは確かにその通りですが……」
工房に赴き、靴を依頼した時のリルジェシカの輝くような笑顔が脳裏に甦る。
男爵令嬢にとって王城は緊張するのか、セレシェーヌに靴を褒めてもらった時を除いて、リルジェシカが満面の笑みを見せてくれることは滅多にない。
フェリクスが対応を変えれば、いまよりもっとリルジェシカの笑顔が見られるかもしれないという誘惑に、ぐらりと心が傾きそうになる。
「あなたはリルジェシカ嬢が婚約破棄を哀しんでいないと言っていたけれど……。何も思わぬということはないでしょう。わたくしの心の安寧のためにも、リルジェシカ嬢を気づかっていたわってもらえると嬉しいわ」
フェリクスの恋心をわかった上で、そんな指示を出すセレシェーヌの心遣いにフェリクスは心から感謝する。
つきあいが長いセレシェーヌには、フェリクスの葛藤など、お見通しなのだろう。「セレシェーヌの命だ」という建前があればフェリクスも、心おきなくリルジェシカを気遣うことができる。周りの貴族達が口さがない噂を立てる事態も回避できるに違いない。
「セレシェーヌ殿下のお心遣いに深く感謝いたします」
深く頭を下げて謝意を述べると、
「いいのよ。わたくしもリルジェシカ嬢のことは気に入っているもの。もちろん、あなたのこともね」
と楽しげな笑い声が降ってきた。
フェリクスの母は、ブロジェリーヌ陛下の夫である王配・アルティスの妹だ。
つまり、フェリクスは女王の甥となり、セレシェーヌにとってはいとこにあたる。が、近衛騎士としての職分をわきまえ、いとことして貴族達に尊大にふるまったことはない。
ブロジェリーヌが惚れこみ、女王の強権を振るって王配へと取り立てたアルティスの家格は伯爵であり、さほど高くはない。
次男坊であり、伯爵家を継ぐこともできぬフェリクスが、女王の甥である立場を前面に押し出せば、他の貴族達からの反発は必至だ。それゆえ、フェリクスはずっと、王家を守る近衛騎士のひとりとして、職務を全うすることだけを考えて生きてきた。
ディブトン子爵と息子のダブラスが、リルジェシカを蔑ろにしていると聞いても、表立って子爵に抗議できない己の無力さに、どれほど歯噛みしてきたことか。
だが、リルジェシカが婚約破棄をされたいま、セレシェーヌがお墨付きを与えてくれた。
「では、工房へ行ってまいります!」
弾む声を抑えられぬまま一礼すると、フェリクスは女王直筆の羊皮紙を手に踵を返した。