9、友との別れ
気を取り直して、アルフィーナは頼んだ。
「ねえキスリング。あなたの家が管理している庭園にアシュレイの花が咲いているわよね?」
「ええ、今の季節は咲き誇っていますよ。誰かさんと違ってね」
(アルフィーナ嬢より美しい花など、あるものか!)
いちいち褒められてると、だんだん鬱陶しくなってくる。
「それ、私に一輪くださらない? 押し花にして持っていたいの」
「はあ、何故?」
(押し花だって! 可愛い! アルちゃんカワイイ!)
可愛くないわよいちいちうるさいのよキャラ変わってるじゃないのあんた!
「私にだって花を愛でる心くらいあるわ。冥界へ旅立つ時、身につけておきたいの。お願いキスリング」
形の良い顎に指をあて、蒼髪の青年は考え込んだ。
「……わかりました。そのくらいであれば、陛下や聖女もお許しになるでしょう。明日、届けさせます」
そう告げた後、彼の心の声が静かに届いてきた。
(ごめんなさい、アルフィーナ。僕はあなたに何もしてあげられない。あなたを助けようとすると……何故か、僕の口も体も言うことを聞かなくなるのです……)
今までのハイテンションとは違う、自分の無力さに打ちひしがれた弱々しい声だった。
アルフィーナは真心をこめて御礼を言った。
「ありがとう。キスリング。あなたの心遣い、決して忘れないわ」
「……ええ」
こうして、アルフィーナは目的のものを手に入れることができたのである――。
◆
すべての材料を揃えたアルフィーナは塔にこもり、小さな人形を作った。
このままだと、木の枝で作ったただの人形に過ぎない。
しかし、ここに魔力を吹き込むと――術者本人そっくりの精巧な等身大人形が生み出されるのだ。
『すごい、ほとんど見分けがつかないわね』
『アル様の強大な魔力があればこそ、でございます』
猫の姿のまま、ヒイロは頭を垂れた。ふりふり、としっぽが嬉しそうに揺れてるのがちょっと可愛い。
『この人形に、代わりに処刑されてもらうってわけね』
『はい。その隙に我々はここを脱出し、アマゾネの森にあるかつてのユリナール様の隠れ家へと落ちのびます。その後のことは、それから考えましょう』
『風の吹くまま気の向くまま、ね。わくわくしてきたわ』
窮屈な貴族暮らしなど、もう飽き飽きである。
娘を亡くすことになる両親や、実は姉想いだった弟には申し訳なく思うが、自分は家のために生きているわけではない。
99回も他人に死を強制されたのだ。100回目は自分自身の人生を生きようと思う。
『して、アル様。聖女をぎゃふんと言わせる件ですが、どのように?』
『そうねえ……』
アルは魔力を緩め、自分そっくりの人形をまた元の依り代に戻した。
『こうやって魔法を使うには、触媒が必要なのよね? この人形みたいな』
『はい。触媒なしでは、大がかりな魔法を使うことはできません。もっとも代表的なものが、魔術師が持つ杖などでしょうね』
宮廷魔術師だった祖母も、常に美しい杖を携えていた。金属でも木材でもない不思議な材質で出来ていて、その杖を振るえば様々な魔法を使うことができたのだ。
『聖女も〝強制〟の魔法を使うとき、何か触媒を使ったはずよね?』
『おそらくは。宮廷じゅうの人間に影響を及ぼすとなれば、魔法も大がかりなものとなります。相応の触媒を用意したことでしょう』
『それって使い捨ての道具なのかしら?』
ヒイロは少し考えてから答えた。
『いいえ。強制の魔法を永続的なものにしなくてはならないのですから、おそらく現在も肌身離さず身につけてるのではないでしょうか』
だとしたら、怪しいのは──。
『大神ゼノスの遣いであることを示す、額のサークレットかしら。あの、大きな翠玉。聖女はいつも身につけているわよね』
『あり得る話ですね。あれだけの宝石であれば、触媒としての効果も高いでしょう。聖女という身分上、常に身につけていても不自然ではないですし』
『なら、それを破壊してしまえば──強制の魔法も解けてしまうというわけね?』
『──確かに!』
ヒイロはアルの足元にじゃれついた。
『さすがアル様。素晴らしい名案です。聖女はあわてふためくことでしょう!』
強制の魔法が解けてしまえば、彼女は皇子の婚約者の座を射止めることはできないだろう。
皇帝たちも正気に戻り、彼女の計画は水の泡というわけだ。
しかし──。
『でも、それだけじゃ面白くないわね』
なにせ99回も彼女に殺されてきたのである。今までの借りはきっちり返しておきたい。
それは復讐ではない。
新たな人生へと踏み出すための「けじめ」であると、アルフィーナは理解している。
聖女に罪の報いをしっかり受けさせたうえで、新しい人生へ踏み出そう。
『何を考えておいでですか? アル様』
首としっぽを傾げる忠実な白猫に、アルはにっこりと笑いかけた。
『あの「ッシャッシャッ」っていうゆかいな笑い声を、他のみんなにも聞かせてあげましょうよ――」