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7、皇帝陛下との謁見


 ブタ、もとい聖女の訪問から三日後──。


 アルフィーナは謁見の間に引き出され、皇帝よりじきじきに詰問を受けた。


「――以上が、そなたにかけられた嫌疑のすべてだ。アルフィーナ嬢。何か申し開きがあれば、余に申してみよ」

「ございません」


 10回目くらいまではこの一万倍くらい言い返し、逆に聖女を糾弾してみせたアルフィーナだが、「あ、ダメだこりゃ」「言えば言うほど泥沼だわー」と気づいてからは、簡潔に簡潔にと心がけている。本当なら「ございません」でも長い。「ご!」とかで終わらせたいところだが、皇帝陛下に倒れられても困る。


「陛下。畏れながら、ひとつだけ慈悲を賜りたく存じます」

「申してみよ」

「処罰はこの私のみとし、シルヴァーナ公爵家には累を及ぼさないでいただきたいのです」

「ほう――その処罰が、極刑であってもか?」


 皇帝の冷たい声に、謁見の間に集った貴族たちからどよめきが起きた。


 このライオーン帝国において、極刑とは「断頭台による斬首刑」と決まっているのだ。


 動じることなく、アルフィーナは頷いた。


「どんな過酷な責めであれ、自分の罪は自分で背負います。家族には何ら関係のないこと。特に我が弟カルルは、これからの帝国に必要な人材です。陛下にはどうかご賢察賜りたく、どうか……」


 今年六十を迎えた皇帝は、重々しく頷いた。


「よかろう。聞き届けた」

「ありがとうございます――ならば、もう思い残すことはございません」


 深々と頭を下げるアルフィーナに、厳めしい声が降りかかる。




「アルフィーナ・シン・シルヴァーナを、首はねの刑に処す!」




 やはり、これまでとパターンは同じ。


 もう見飽きたイベントであり、100回目となる今回も特別変わった展開はない。


 ライオネット皇子は烈しい目でアルフィーナをにらみつけ、聖女デボネアはわっと泣き崩れ、アルフィーナの父親は跪き領地の半分を差し出して皇帝に謝罪し、母親は卒倒して衛兵に運ばれ、弟のカルルは無表情のまま微動だにせず、そして集った貴族たちはそれらの悲喜劇を興味深げに見物する──そんな茶番である。


 すべてはこれまでと同じ。


 異なるのは、心の声が聞こえることだ。


 たとえば、アルフィーナに死を賜った皇帝の本心はこうだった。


(アルフィーナ嬢。まことに、ま、こ、と、にっ! 堂々とした振る舞い。死を恐れる風は微塵もないではないか。まったく天晴れな少女よ。あのユリナールの孫だけはある。ライオネットの妃に相応しい娘であったのに、処刑せねばならぬとは……! 我が帝国にとって、巨大すぎる損失である!!)


 皇帝は聖女に骨抜きにされて以来、もう自分には興味を無くしたのだろうと思っていたのに、思わぬ高評価に面映ゆいばかりである。


 次に、皇帝の傍らに厳めしく控える親衛隊長の本心。


(確たる証拠すらない聖女の戯言を、何故陛下も殿下も信じておられるのだ!? アルフィーナ殿を処刑など、正気とは思えぬ。まさか妖術か何かに……くっ、このオレの口も体も、自由にならぬ!!)


 これまでの99回、しかつめらしい顔で無言を貫き通した壮年の武人が、内心では真相に気づいていたようだ。


 そして、姉と同じ銀髪の弟カルル・マン・シルヴァーナの本心。


 スンと澄ました真っ白な顔の向こう側にある本心は――。



(ねえさま。しけい?)


(しぬの?)


(もー、あえない?)


(うそだ)


(ぼくは……しんじない……)



 あくまで心の中ではあるが、シクシクとずっと涙を流し続けている。


 99回通してまったくの無口無表情、甘えてきたことなど一度もなく、姉の首ぽんを目前にしても眉ひとつ動かさなかった弟が、この有様である。「巨大すぎる魔法の才能と引き換えに、感情を母の胎内に置き忘れてきた」と言われ、アルフィーナでさえ声を聴いたのは数回という十歳の弟が、まさか内心ではこんなさみしがり屋で、しかも姉想いだったとは。


 ――私の弟って、こんなに可愛かったの!?


 ――どうしてもっと甘えてくれなかったのよ!?


 思わず駆け寄って抱きしめたくなったアルフィーナだが、ぐっとこらえて心を鬼にする。彼にはこれからの公爵家を背負ってもらわねばならない。姉の死を乗り越えて、立派に成長してもらわねばならないのだ。


 その弟よりも激しい心の声を発していたのは、ライオネット皇子だった。




(アアア!! アアアア!!!! アルフィーナ!!!!!!!)


(アル! アル! アル! アル! アル! アル! アルフィーナ!!)


(ああアルフィーナ!! 俺のアルフィーナ!! アルッッ、フィーーーナァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!)




 ……まあ、激しいというか、ひたすら名前を連呼しているだけなのだが……。


 なんか歌でも歌い出しそうな勢いである。


 いつもぶっきらぼうで、無愛想で、婚約者のアルに微笑みかけることすら皆無というのに。内心ではこんな熱烈だったのね──なんて。アルとしては恥ずかしいやら何やら、どうにも複雑である。「俺のアルフィーナ」って、本当にこの皇子が言ったのかしらと、思わずまじまじ見つめてしまった。


 皇子はむすっとした顔で言った。


「アルフィーナよ。この私に慈悲を乞おうとしても無駄なことだぞ。もはや貴女とは婚約者でもなんでもないのだからな」


(ああ、アルが俺を見つめている……。きっと助けを求めているのだ。何故俺の体は自由にならないんだ!! 幼い頃よりそばにいてくれた愛しい女性を、最愛の女性を、助けることができないとは!! なんと不甲斐ない男なのだ、ライオネット・ライオーン!)


 まぁまぁ、そんなにご自分を責めないでくださいな。


 ……なんて、思わず慰めの言葉が出そうになる。


 そして、この茶番を仕掛けた張本人である聖女はというと――。


「お待ちください、皇帝陛下!」


 淡い金髪を揺らして、しずしずと前に進み出る。


 広間に集まった貴族たちを見回して、芝居っ気たっぷりに沈黙をためた後、言い放った。


「アルフィーナ様はこれまで陛下に対しても帝国に対しても、忠義を尽くしていらした方。ただ一度の過ちで死を賜るというのは、如何なものでしょうかっ!?」


 などと、かばうようなことを言っているが、本心はこうである。


(ふははは。どーよ、このアタシの優しさ。自分を暗殺しようとしたクソ女をかばうっていうところがポイント高いのよね~。今なら魔法を解いてもライオくんアタシにぞっこんかもカモ♥ ッシャッシャッ!)


 ……まぁ、何でもいいんだけど……。


 その笑い方はどうにかならないのかと思う。心の鼓膜が破れそう。


「聖女であるそなたの頼みでも、こればかりは聞けぬ。隣国ヘヴンローズとの緊張も高まっている昨今、暗殺などという企みを見過ごすわけにはいかぬのだ。帝国の威信にかけて、極刑をもって償わせる」

(いけしゃあしゃあとよく言うわい。元はといえばそなたが流布した噂ではないか)


「そんな……! 陛下! どうか、どうかお慈悲を!」

(いいゾ~、へーか。その調子その調子ィ。あとはアタシのことを持ち上げて持ち上げて! もっと褒めて! 皇子の前で褒め称えて!!)


「おお、デボネアよ。おのれを暗殺を企てた相手に対して、なんという優しさ……。まさに聖女。まさに、ライオネットの妃にふさわしい」

(イヤじゃあ! こんな演技バリバリ腹黒女が義理の娘などと、余はイヤじゃあああ! アルちんがいい!!)


 アルちん、って……。


 皇帝陛下のキャラまで崩れている。まったく、聖女の影響力恐るべしである。


 このままだと収拾がつかないと思い、アルフィーナは発言した。


「聖女のお心遣い、大変痛み入ります。しかし、私はもう覚悟を決めております。せいぜい潔く散り、この忠誠が真であることを陛下と帝国臣民に示したいと存じますれば、どうか、このまま……」


 恭しく頭を垂れると、周囲の貴族たちから心の声が届いてきた。


(うむう、流石のひと言であるな。アルフィーナ公爵令嬢)

(二十歳の娘が、死を前にしてこれだけ泰然としていられるものなのか)

(我々はもしや、とてつもない愚行をしでかそうとしているのではないか?)

(この報が諸外国にまで知れ渡れば、隣国のヤヴンロック王子などがどう出るか……)

 

 そんな称賛を圧して響き渡る、巨大な笑声。 



(ぶっひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃィィィィィィィィィィィィィィィィィィィン!! ぃいっっっっぃやっっっっったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! イケメン皇子様げっとおおおおおおおおおおおおおおおおお!!! 未来の皇妃アタシで決まりぃぃぃぃっっっ!!! ッシャッシャッシャアア!!)



 このクズっぷり、いっそ清々しい。


 儚き美貌を純白のハンカチで覆いながら、内心ではこんな喝采を上げていたとは。まったく「真実は神話テーバより奇なり」である。


 っしゃっしゃ。

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