5、美少猫(?)と契約しました
『アルフィーナ様を無実の罪に陥れ、皇子の婚約者の座を手に入れようとは鬼畜の所業。大神ゼノスに仕える聖女でありながら不浄も甚だしい。思い知らせる必要があると存じますが──』
『そう、ねえ……』
手に入れたこの力を使って、いったい、何を為すべきか?
頬に手をあてて、アルは小窓の外に目をやった。
王宮の赤い屋根の上に、小鳥の番がとまっている。
アルと目が合うと「チチッ?」と可愛く鳴いて、仲良く飛び去っていってしまった。
優しい風がそよぐなか、大空にのびのびと翼をひろげる。
──自由。
『聖女のヤツには、一発やり返してやろうと思うわ。でも、その後は自由に生きたい』
『自由とおっしゃいますと?』
『公爵令嬢アルフィーナではなく、別人として、どこか辺境でのんびり暮らしたいわ。もう99回も生きたんだもの。この城も見飽きたし、きらびやかな宝石だのドレスだのもいらない。社交界の駆け引きだのもうんざり。私はお祖母様みたいに、木々や動物たちに囲まれての~んびり暮らしてみたいの』
ヒイロは緋色の瞳を瞬かせた。
『それがアル様の御意であれば、仰せのままに。しかし、どのように?』
『お祖母様が昔使っていた「依り代」の魔法があるわよね? あれ、今の私になら使えないかしら?』
『はい。造作もないことです』
『じゃあそれを使って、私の身代わりを造りましょう。で、代わりに処刑されてもらって、本物はどこかで自由気ままに暮らす──っていうのはどう?』
ヒイロはにゃあん、と嬉しそうに鳴いた。
『お祖母様と同じ道を行かれるというのですね。私はどこまでもお供いたします! ……しかし、本当に宜しいのですか?』
『何が?』
『聖女を追い出せば、貴女様はライオネット皇子の婚約者の座に戻れるのですよ。ゆくゆくは国母とおなりでしょうに』
『あー、いらないいらない。そういうの、もうたくさん』
ヒイロはなんでも知っているようだが、自分のように99回繰り返したわけではない。
自分がどれほど地位だの名誉だのに幻滅しているのか、実感できないのだろう。
『ユリナール様が遺されたお屋敷から、魔導書をこちらに持って参ります。それを読めば、依り代の材料や造り方がわかるはずです』
『ありがとう。お願いね。……でも、猫の身体でそんなことができるの?』
『そこは、ご安心を』
ヒイロのしなやかな身体が淡い輝きに包まれた。
輝きは次第に大きくなり、やがて、人間のかたちへと変化していった。
「へええ……」
思わず、アルフィーナは目を丸くした。
そこに立っていたのは、執事服に細身を包んだ綺麗な少年であった。年の頃は十と少しというところ。真っ白な髪からは他者を寄せ付けない潔白な印象を受けるが、アルフィーナにだけ向けられた眼差しはどこか優しい。
どこに出しても恥ずかしくない美少年。
しかし、その美しい緋色の瞳は、まぎれもなく忠実な白猫のものであった。
人間体となったヒイロは、アルの前に恭しくひざまずいた。
「忠誠の接吻をお許しいただけますか。アルフィーナ様」
「もちろん」
少しこそばゆいけれど、これからいろいろと世話にならなくてはならない。
差し出したアルの手の甲に、優しい唇の感触が残った。
「そういえば、あなたの心の声は聞こえないみたい」
「私は魔法によって生み出された存在なので、人間のように複雑ではありません。言葉と心が食い違うということはないのです。表も裏もなく、アルフィーナ様への尊敬と忠誠でこの身は満ち満ちております!」
少年は誇らしそうに胸を反らした。えっへん! という声が聞こえてきそうなほどだ。
思わず、アルは微笑みを漏らした。
――猫の時は凛々しかったけど、人間の時は子供っぽいのね。可愛いかも。
「どうかされましたか? アルフィーナ様」
「いえ、なんでもないわ」
首を振るアルフィーナの耳に、そのとき、廊下を歩く足音が届いてきた。
お馴染みの足音だ。
この時刻、このタイミングでここを尋ねてくる相手は、ひとりしかいない。
99回繰り返したアルフィーナにはわかる。
来たのだ。〝アレ〟が。
「どうやら、今回も来たようね――招かれざる客が」