4、輪廻(ループ)の真実
鮮やかなルビーの如き瞳をまっすぐに向けて、ヒイロと名乗った白猫は語り始めた。
『私はあなた様の祖母・ユリナール様に創造された〝使い魔〟なのです』
『お祖母様に!? 道理で……』
アルフィーナがまだ幼い頃に亡くなった祖母は、帝国の宮廷魔導師であった。特に付与魔法に優れ、数々の動植物を使い魔として使役した。帝国一、いや、世界一の魔導師と言われていたのである。
今でも、瞼の裏に残っている。
深い森の中に小さな一軒家を構え、余生を花や動物たちに囲まれて暮らしていた優しい祖母の笑顔が。
その高い地位にもかかわらず驕ったところがなく、おてんばなアルフィーナにも限りなく優しかった。
『お祖母様の使い魔なら、その不思議な力も理解できるわ。もしかして私が100回人生を繰り返していることも知ってるの?』
『100回、ですとっ?』
ヒイロの毛並みの良いしっぽが、ぴんと突き立った。
『あなたには輪廻の魔法がかけられています。不本意な死を強制された時に発動し、ある地点まで時間が巻き戻るというものです。……いやはや、しかし、100回とは』
『そんなに驚くこと?』
『はい。その魔法をかけたユリナール様も100回は想定されていなかったでしょう。100も非業の死を遂げるなど、常人ならとうに精神が死んでいてもおかしくありません。お辛かったでしょうに』
『そんなものかしらね……?』
人生でもっとも瑞々しい二十歳前後の時間を何度も繰り返すことができるなんて、そんなに悪いことじゃないと思うアルだった。
『ユリナール様は愛孫であるあなた様のために、輪廻の魔法をかけられました。ただの輪廻ではありません。やり直せばやり直すほど、力を増していくのです。100回ともなれば、アルフィーナ様には途方もない力が宿っているでしょう。私は、その目覚めの時を待っていました』
『そのようね』
他人の内なる心の声を聞くことができる「読心」の魔術。
確か古代の文献にそんな魔法が載っていたけれど、まさか自分がその使い手になろうとは思わなかった。
『お祖母様は私がこういう目に遭うことを予期されていたの?』
『ええ、おぼろげに。ユリナール様は私によく語っておいででした。何度占っても、アル様の前途に強い光が立ち塞がるのだと』
『強い光っていうのは、聖女デボネアのことね?』
ヒイロのしっぽが頷くように揺れた。
『かの聖女は、己の持つ巨大な光魔法の力を悪用しています。他人の行動を縛り、操ることに使っているのです』
『つまり、本心とは違う行動を他人に強いることができるってこと?』
『御意です。聖女デボネアは皇帝に謁見した際、その場にいた皇子や貴族、果ては衛兵たちに至るまで『強制』(ゲイアス)の魔法をかけました。己の意志に他人を従わせる禁呪です。皇帝たちは皆、聖女の操り人形と化してしまいました』
ヒイロの言葉通りなら、確かに今までの辻褄が合う。
聖女がこの国にやって来て以来、皇帝陛下は人が変わったようになった。あらゆる政務や公事、果ては軍事に至るまで、聖女の助言を求めるようになり、言いなりになってしまったのだ。輝くばかりの美貌を持つ清楚な聖女に、この国は根こそぎ誑し込まれてしまった。
そう。あの堅物だったライオネット皇子でさえ──。
「でも、私のお母様は操られてるようには見えなかったけれど?」
『聖女の魔法は、特に男性に対して強く働くようです。お気に入りの男性は念入りに操るぶん、女性のほうはおろそかになるのでしょう』
「はあ……」
ため息が出た。
「見下げ果てたものだわ。それじゃあ聖女じゃなくて、色ボケ魔女じゃないの」
自分を陥れた相手ではあるが、アルは聖女の能力を認めてはいた。数多くの光魔法を使いこなし、聡明で弁も立つ。何より淑やかで、儚げで、男性に好かれる要素を全て備えている。
それにひきかえ自分は粗野にして奔放、儚さなんて欠片もない。離宮の花園を愛でるより辺境の荒野を馬で駆けている方が性に合っているのが、公爵令嬢アルフィーナだ。
ゆえに、皇子が聖女を選ぶのも無理もないことと思っていたのだが──。
『私は怒りを覚えます』
ヒイロの瞳が光った。
『アルフィーナ様を無実の罪に陥れ、皇子の婚約者の座を手に入れようとは鬼畜の所業。大神ゼノスに仕える聖女でありながら不浄も甚だしい。思い知らせる必要があると存じますが──』
『そう、ねえ……』
手に入れたこの力を使って、いったい、何を為すべきか?
聖女の企みによって99回「悪役」であることを強制されてきた公爵令嬢は、しばし、考えに耽った。