3、謎が謎を呼んで、猫さん
アルフィーナは宮殿へと連行され、大庭園の片隅にあるうらぶれた塔の頂上に幽閉された。
小さな窓ひとつしかない粗末な部屋である。
地下牢でないのは、公爵令嬢という身分に配慮してのことだ。
過去99回とまったく同じ展開であった。
しかし、アルフィーナを監視する衛兵たちの心の声はというと──。
(は? アルフィーナ様が聖女を暗殺??? んなアホな)
(俺たち下っ端にも親しく口をきいてくれるのは、この御方だけなのに)
(ば~~~かじゃないの?? 捕まえるべきは、高慢ちきなあの聖女だろ!!)
──これはいったい、何が起きているの?
なにしろ99回も死んだ身である。滅多なことには驚かない自信があった。刑場に行く途中で馬車の車輪が外れ、ザブンと河に転落して溺死したことだってある。突発的なイベントには慣れているつもりであった。
だが、これは──。
(落ち着きましょう。落ち着くのよ、アルフィーナ。深呼吸して。そう、そう……)
粗末な木椅子に腰掛けて、呼吸を整えた。
ひとまず状況を整理しよう。
どうやら100回目の自分には特別な能力があるらしい。
他人の心の声を聞くことができる能力だ。
聞きたくない時はそう念じれば聞こえなくなるので、自在に操れると言っていい。
そして、この能力によって明らかになった事実は大きい。
今まで自分の言葉など誰も聞いてくれない、信じてくれないと思っていたのに、どうやら本心ではみんな「アルフィーナは無実」と思っていたようなのだ。
喜ぶべきことではあるが――正直、戸惑いの方が大きい。
だとしたら、いったい何故、自分は処刑されねばならないのだろうか?
そういった疑問のほかにも、気づいたことがある。
――なんだか私、めちゃめちゃ元気なんだけど!
体の調子がすこぶる良いのだ。
もともと健康で、病気になったことは99回の人生で皆無のアルフィーナだが、今世はとりわけ活力にあふれている。
元気だけではない。
魔力もみなぎっている。
運動に比べて魔法は苦手だったアルだが、今なら高位魔法でさえ使いこなせそうな気がしていた。
何かで試すことはできないだろうか?
まさかこの狭い部屋で火球や竜巻をぶっ放すわけにもいかないし──などと物騒なことを考えていると、視界の端に小さな影がよぎった。
この塔を住処とする白猫である。
野良のくせに毛並みが良く、しなやかな体と、美しいルビーのような緋色の瞳を持っている。どこかの貴族の飼い猫だったのかもしれない。ここに幽閉されると決まって顔を出す、アルフィーナにはお馴染みの猫であった。
すると──。
『どうやら〝力〟に目覚められたようですね。アルフィーナ様』
にゃあん、と鳴いた猫から声が聞こえてきて、アルフィーナは己の耳を疑った。
周囲をきょろきょろと見回すが、この部屋には自分と猫以外は誰もいない。見張りの衛兵は下の階に詰めていて、ここには呼ばない限りやってこない。
『驚くにはあたらないでしょう。すでにここに来るまで、多くの人間の〝声〟を聞いているのでは?』
足元に寄ってきた白い猫のことを、アルフィーナはまじまじと見つめた。
「私に話しかけているのは、あなたなの? 猫さん」
『ヒイロとお呼びください。アル様』
白猫はすました声──声というのも変だが、アルフィーナの心にはそんな風に響く──でそう名乗った。
『声を出す必要はありません。心に念じれば良いのです。それだけで、私とは会話できます』
驚きを呑み込んで、アルフィーナは微笑みかけた。
『よろしくね、ヒイロ』
『はい、アルフィーナ様』
『さっそくだけれど、あなたは何か知ってるようね。私の身に何が起きているのか、知ってることを教えてくれないかしら?』
『御意です』
その名と同じ緋色の瞳をまっすぐに向けて、「彼」は語り始めた――。
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