2、100回目は初見イベントばかりなんです
皇子から聞こえる「声」に、アルフィーナは混乱した。
「うろたえているようだな、アルフィーナ。いつも歯に衣を着せぬ貴女が声も出ないとは。やはり後ろ暗いところがあるのだろう?」
(違う! 彼女は怯えているのだ! ああ、なぜ俺は、愛しいアルにこんな仕打ちをしなくてはならないのだ!?)
自分でしゃべった〝言葉〟に、自分の〝心〟でツッコミを入れている。
これでは二重人格者である。
ぽかんとしているアルフィーナの隣で、青ざめた顔で母親が立ち上がった。
「ラ、ライオネット殿下、これはいったいどういうことで御座いましょう? 突然逮捕などと、娘がいったい何をしたとおっしゃるのですか!?」
皇子の代わりに答えたのは、眼鏡をかけた蒼髪の美青年だった。皇子やアルフィーナと同年で、皇子の右腕と言われる腹心・キスリングである。
「シルヴァーナ公爵夫人。あなたのご令嬢には、聖女の暗殺を企てたという嫌疑がかけられています。殿下と聖女の仲を嫉妬し、婚約者の座を奪われることを恐れて、聖女を抹殺しようとしたのです」
母は驚きに目を見開いた。
もちろん、これは濡れ衣である。嫉妬もしていないし、まして聖女の暗殺なんて考えたこともない。
過去の人生で、アルフィーナは何度もそのことを訴えた。だが、聞く耳を持つものは誰もいなかった。裁判すら受けられず、ライオネットの父・皇帝タイガ4世によって処刑を言い渡されたのだ。
腹心のキスリングもそうだ。
アルフィーナが何を言っても、冷然として受け付けなかった。
ところが──今は別の声が聞こえる。
(アルフィーナ嬢がコソコソ暗殺を企むなんて、絶対にありえない! ガサツなのは事実だけど、陰湿さとは縁遠い御方。陰湿なのはむしろ聖女のほうなのに。まったく、陛下も殿下も、何故このような軽挙に出られたのでしょうか!?)
アルフィーナは混乱した。
皇子も、腹心も、口でしゃべっている言葉とは真逆のことを内心で思っている。()が彼らの本心だとしたら、何故、あべこべのことをしているのだろうか?
──いやいや。しっかりするのよ、アルフィーナ。
100回目にして起きた初見のイベントに惑わされてはならない。
どんな事態がこの身に降りかかろうと、矜恃だけは失わないと決めている。すべてを冷静に受け止め、凛々しく振る舞う。それが、99回陥れられたアルの意地であった。
「承りました。殿下」
不敵な笑みを浮かべ、ソファから立ち上がる。
ピッと背筋を伸ばして皇子に正対し、恭しくスカートをつまんでお辞儀をしてみせた。
「このアルフィーナ・シン・シルヴァーナ。逃げも隠れもいたしません。然るべき場所にて我が忠誠をお目に掛けたく存じますゆえ、どうぞ──よしなに」
武骨な兵士たちが息を呑んだ。
皇子と参謀は、見とれたように立ち尽くしている。
(美しい……。やはりアルこそ我が婚約者に相応しい! 他にはいない! ああ、アルフィーナ!)
(なんという凛とした佇まいでしょうか。まったく、彼女が次の皇妃に収まれば帝国も安泰なのに! ああ悲劇ッ!)
……いやもう。
なんか、調子狂うんですけど。