13、すべての罪は誰にあり?
刑場の一角で、絶叫をあげたその人物――。
蒼髪眼鏡の青年キスリング・アシュレイは、両膝を地面について、天を仰いだ。
「アルフィーナ嬢! あああアルフィーナ! なぜ、なぜ僕は止められなかったんだ!!」
(失態! 失態! 失態! ああ、僕のバカ! 愚か者! キスリングの大馬鹿者おおおおお!!)
聞いているこちらの胸が詰まりそうなほど悲壮な声と表情で、蒼の髪をかきむしっている。眼鏡が落ちても拾おうとしない。そのレンズには、ぽたぽたと大粒の雫が降り注いでいた。
表の声も内なる声も、ひたすら己を責めている。
「何が皇子の右腕だ! こういう時に殿下を諫められなくてなんのための腹心だ!? 知恵者を気取っておいてこの失態! 万死に値する!」
(死にたい死にたい死にたい、生きていたくない、生き恥をさらしアルフィーナのいない世界で生き続けるくらいなら、アルフィーナの後を追って――)
懐から護身用の短剣を取り出したキスリングを見て、あわててアルは指示を飛ばした。
「ヒイロ! あの短剣を狙って!」
「畏まりました!」
白髪の従者は再び矢を放った。
大混乱に陥っている刑場の喧噪を切り裂いて飛んだ矢は、キスリングが握っている柄の先端に命中し、彼の手から短剣をたたき落としてしまった。
――あなたまで死ぬことはないのよ。キスリング。
かつての同級生に、アルフィーナは心中で問いかけた。
――あなたはこれからも殿下を支え続けなくてはいけないでしょう? 死んだ私にいつまでも構ってないで、明日を向きなさい。
呆然と座り込んだまま動かなくなったキスリングをよそに、混乱はまだまだ続いている。
「やめなさい! カルル! やめるんだ!!」
その声の主は、アルフィーナの父親のものだった。
視線を転じれば――そこには銀髪の弟・カルルがいて、無表情のまま淡々と「雷撃」の詠唱を始めているところだった。
(ころす)
(せいじょ。ころす)
(ねえさまの。かたき)
淡々とした心の声から強烈な殺意とみなぎる魔力を感じて、さすがのアルフィーナもぞくりとした。
この混乱の中、原因が聖女であると見抜いているのはさすがの天才だが、こんな人の密集しているところで「雷撃」を炸裂させれば大惨事である。
アルの私情だけをいえば、姉の死に怒り我を忘れて超級魔法ぶっ放しちゃう弟が愛おしすぎるのだが――さすがにここは理性が勝る。あんな聖女のために大量殺人を犯す必要はない。
「ヒイロ、今度はカルルを止めて!」
「いえ、それには及ばないようです」
アルフィーナの父親が、取り出したハンカチでカルルの口を塞いでいる。いくら魔法の天才でも、体力は大人よりはるかに劣る。雷撃の詠唱は中止を余儀なくされてしまった。
(ねえさま)
(ねえ。さま)
(ごめんなさい)
(かわいくないおとうとで。ごめんなさい)
(こんなことなら)
(もっと。あそんでもらえば。よかった)
カルルはそのあどけない顔をうつむかせ、沈黙した。
キスリングとカルルが、悲嘆に暮れる様を見せるなか――。
この刑場でたったひとり、騒動を理解していない頭の軽い幸福なブタ女が、軽やかにステップを踏んでいる。
(ぶっひひん、ぶひひん♪ ぶひひん♪ ひーん♪)
(クソフィーナ、死亡確認! デボちん、だいしょーり! ぶひひぃん♥)
豚小屋の藁の匂いがここまで匂ってきそうな気さえする。
自分の心の声が周りに筒抜けとはつゆ知らず、聖女はしずしずと……いや、かすかに歩調が浮き立っているから、「ルンルン」と表現しよう。そんな感じで皇子に歩み寄った。
「お気持ちお察しいたします殿下。今は存分にお悲しみあそばせ。わたくしの胸をお貸ししますから。さあ……」
(ぐふふ。さあ、そのキレーなおカオをアタシの胸にうずめなさァい? ますますアタシの虜になりなさァい? ッシャッシャッシャ!)
あの面白い鳥のような笑い声が、刑場に集った観衆たちの脳裏に刻みつけられていく。
騒いでいた貴族たちは次々に沈黙し、そのまなざしを聖女に集中させた。
「――聖女、デボネア」
アルフィーナの首を抱きしめていた皇子は、ゆっくりと顔をあげた。
その眼差し稲妻の如し、と吟遊詩人に詠われる鋭い眼光を蒼の瞳にみなぎらせ、聖女をにらみつけた――。




