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11、そして処刑の日

 公爵令嬢アルフィーナが99回命を散らした刑場は、帝都ライオーンの外れ、魔鉱石採掘場の近くにある。


 100回目の今日もよく晴れている。


 雲ひとつない澄み渡る青空をかつては恨んだものだが、今日はアルの新しい門出を祝福してくれているかのように思う。


 死ぬには佳い日だ。


 17回目と38回目は急なにわか雨に見舞われ、皇子と刑吏と一部の文官以外は全員退散してしまった。あれは寂しかった。聖女のクサい演技も見られなかったし、死に甲斐がなかった。


 今日はその心配はなさそうだ。



「これより、刑を執行する!」



 見物に集まった門閥貴族たちの前で、式部官が豊かな声量を発揮した。


 手錠と足枷をはめられたままの姿で、アルフィーナは入場した。名門貴族の令嬢ということで、最低限の化粧と簡素なドレスの着用を許されている。屈強な刑吏に左右を挟まれつつ、背筋を伸ばして断頭台へと歩くその姿は、貴族たちの密かな感嘆を呼んだ。


 ──ま、今回は人形なんだけどね。


 刑場から遠く離れた寺院の屋根の上――。


 「本物」のアルはヒイロとともに、斬首刑に臨む自らの姿を見つめている。<遠見>の魔法で造りだした円形の窓に刑場の様子が映し出され、アルの意志ひとつで拡大も可能だ。音や声も手に取るようにわかるし、心の声もしっかり届く。


 99回当事者として経験してきた死を、まさか傍観者として観察する機会が巡ってくるとは。


「長生きはするものですね、アル様」

「輪廻も長生きっていうのかしら?」


 人間体を取っているヒイロが真顔で漏らしたひとことに、アルは苦笑した。


 刑場では、皇子がお決まりの口上を読み上げているところだ。


「公爵令嬢アルフィーナよ。これより貴女を首はねの刑に処す!!」

「はい」


 人形が応える。今回「ぽーん」は無しである。依り代には知性がないので、複雑な受け答えはできない。あらかじめアルが命令したことしか話せない。イレギュラーなことがあっても対応できないだろう。皇子には規定通り、粛々と刑を執行してもらう必要があった。


「頼んだわよ、ヒイロ」

「お任せください。弓は大の得意です」


 ヒイロは銀色の矢をつがえ、見物の群衆たちの最前列へ狙いをさだめた。


 そこでは、二人の衛兵に守られながら、聖女が刑の執行を見守っている。


 あの狡猾で用心深い聖女が隙を見せるのは、己の勝利を確信したその瞬間だ。つまり、アルの首に断頭台の巨大な刃が落ち掛かるその瞬間、聖女が邪悪で性悪な笑みを浮かべるその瞬間に、彼女を射抜くのだ。



「ああ、アルフィーナ様っ。わたくしの無力をお許しくださいっ。貴女を……助けることができなかったっ……ウウッ……」

(クビクビクビクビクビちょんぱ~~~♪ おジャマな令嬢クビちょんぱ~♪ ぶっひん♪ ぶひひん♪)



 ブタさんの心の鼻歌が聞こえてくる。


 顔では泣きながら、調子ノリノリ、もひとつノリである。聖女ではなく役者になっていたなら、帝国の演劇史が書き換わっていただろう。


 冷たい声でヒイロが言った。


「アル様。いっそあのブタの口を射抜いてしまってもよろしいのでは?」

「まぁ、それも悪くないんだけどねぇ……」


 狙うのは、聖女の命──ではない。


 ここで射殺してしまったところで、聖女はなんの恐怖も驚愕も感じず、幸せの絶頂で死ぬことになる。一時代に一人のみと定められている聖職者・大神ゼノスの御遣いのまま死ぬことになる。


 それでは意味がない。


 今度は聖女が皇子たちに断罪されなくては「けじめ」をつけたことにはならない。


 だから、狙うのは、その強制魔法の触媒となっているであろう、額のサークレットだ。


 あれさえ砕いてしまえば、皇子たちは正気に戻る。


 アルがこれまで垣間見た本心に従って、行動の自由を取り戻すだろう。



「──アルフィーナを断頭台へ!」



 人形が階段を一歩ずつ昇っていくなか、ヒイロは弦をぎゅっと引き絞った。その緋色の瞳が鋭さを増す。得意と言うだけのことはあり、その手元は確かだ。いっさいのブレもなく、冷酷に冷徹に、皇子たちを縛る触媒へと狙いを定めている。


 人形の首が断頭台に固定される。


 最前列で見届けるアルの父は固唾を呑み、母は目を強く閉じ、弟カルルは微かに頬を強ばらせる。皇子の腹心・キスリングは、彼らの隣でずっとうつむいたままだ。


 悲壮な決意を表情に表した皇子が、右手を高く上げ、そして振り下ろす。


 刑吏がその合図とともに、刃に繋がれたロープを放した。


 鈍く光る巨大な斜刃が人形の首筋へと迫り──。



「今よ、ヒイロ!」

「御意!」



 100回鳴り響いた絶命の音とともに、緋色の瞳の少年は矢を解き放った。




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