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1、99回嫌われ、愛されず、そして…


「公爵令嬢アルフィーナよ。これより貴女を首はねの刑に処す!!」

「いぇーい。よろしくぽ~ん」

「何ッ!?」


 お馴染みの断罪シーン。


 刑場に集いし華やかな貴族たちの前で、アルフィーナはそう言ってのけた。


 金髪の頭をのけぞらせたのは、帝国の第一皇子ライオネット・ライオーン。


 かつて、アルフィーナの婚約者だった男だ。


 国中の若い娘を魅了してやまない蒼の瞳が、手錠と足枷をはめられたアルフィーナを捉える。


貴女あなたはこれから死に臨むのだぞ。それを『ぽ~ん』とは、ずいぶん呑気ではないか。状況を理解しているのか?」

「それはもう、理解しておりますとも。この場の誰よりも」


 ――99回目も首をはねられていれば、いいかげん慣れるってものでしょ。


 アルフィーナは胸中でそうつぶやく。


 聖女によって着せられた無実の罪で逮捕され、死刑判決を受けること99回。


 そのたびに人生を巻き戻り、何度もこのシーンをやり直してきた。


 最初の30回くらいまでは、どうにかして生き延びようといろいろやってみた。


 無実の罪を晴らそうとしたり、逃亡したり、聖女を出し抜こうとしてみたり。


 だが、そのことごとくが──失敗。


 聖女デボネアは、その類い希な美貌によって国じゅうの男性を味方につけている。


 今や貴族王族平民問わず、アルフィーナの父や弟ですら、実の娘より聖女の言葉を信じる始末だった。


 世界じゅうにその武名を轟かせるライオネット皇子も例外ではない。


 幼い頃に定められた婚約を破棄し、聖女の求めるまま、アルフィーナを断罪したのだった。


 50回目くらいまでは嘆き悲しんだものだけれど、それも遠い昔。これも運命だろうと受け入れている。


 70回目以降はもう、この悲惨なはずの処刑シーンをどう面白くするかなんていう遊びにも凝っている。一度くらい、見物に集まった連中の大爆笑を誘ってみたいものだ。


 ――そうでもしないと、退屈でやってられないのよっ!


 ちなみに前回は「よろしくぴょーん!」とぶちかましてみたところ、病弱な母親が卒倒してしまったため、今回は表現を抑えめにしてみたのである。首がとぶ「ぽ~ん」とかけてみたのだが、皇子には不評だったようだ。


 この人、顔はいいけど、おカタすぎるのよね……。


 高等学院時代の同級生でもあった男の顔をアルフィーナは見つめた。白磁の肌に映える金色の髪。氷のように冷たく、しかしどこか危うさを感じる蒼い瞳。引き締まった細身の体は美しい儀礼剣レイピアのようで、彼が「金色の宝剣」という異名で呼ばれる所以であった。


 密やかに微笑むならば、美の女神ディーテでさえ頬を染めるだろうに――。


 ライオネットは滅多なことでは笑わない。


 婚約者のアルフィーナですら、彼の笑顔を見た覚えがない。


 世界有数の大国であるライオーン帝国の次期皇帝としての重責がそうさせるのだろう。


 彼の苦労を思い、その何十分の一でも分かち合えればと、アルフィーナなりに力を尽くしてきたつもりだ。やや無謀なところがある彼に、たとえ嫌われても苦言を呈してきた。


 だが、それらの努力もすべて空しい。


 自分は婚約者である彼に、ずっと嫌われっぱなしだったのだ。


 微笑みかけられたことすら、一度もない。



「公爵令嬢の立場にありながら、大神ゼノスより遣わされし〝聖女〟を陥れた罪。あまつさえ、隣国の王子と密通したという罪。死を以て償え!」



 身に覚えがありません――と言ったところで無駄なのは証明済み。


 今から一年前、大神の御遣いとしてこの国に現われた聖女デボネア・ルア・ライトミストは、霧のように淡い金髪を持つ、儚げな美少女だ。その美貌と豊満な肢体、さらに強力な光魔法、そしてよく動く舌によって、国中の男たちを虜にしてしまった。有力貴族の一人であるライトミスト伯爵の養女に収まり、社交界でその魅力を如何なく発揮して、ライオネット皇子の心をも掴んでしまったのだ。


 聖女がみんなに愛されれば愛されるほど、アルフィーナは嫌われていった。


 帝国民たちは、口々にこう言う。


『かたや清楚可憐な聖女、かたや粗暴で可愛げのない公爵令嬢』

『まばゆい黄金髪の皇子の傍らで、控えめに微笑む淡い金髪の聖女こそ、次の皇妃にふさわしい』

『こんながさつな毒舌女には、妃の座から退場してもらわねば』


 ――はいはい。がさつで悪うござんしたっ。


 死後のことなので定かではないが、アルフィーナが処刑された後は、聖女がライオネットの妃の座につくのだろう。


 その聖女デボネアは、今、衛兵たちに守られながら後方に控えている。


 純白のハンカチをぎゅっと握り締め、いたわしげな視線をアルフィーナに向けている。涙をこぼさんばかりの、悲痛な表情。それを見た貴族たちは、こうささやく。「自分を陥れた女を気遣うとは」「まさに聖女だな」「ああ、麗しきデボネア様」「その涙、僕が拭って差し上げたい」。


 ――いやー、陥れられてるの、私のほうなんですけどね~。


 聖女が来てからというもの、自分はすっかり「悪役」にされてしまった。


 皇子と聖女の仲に嫉妬して、様々な嫌がらせを行ったという根も葉もない流言うわさまで流される始末である。


 まったく、何故自分が、聖女の「目の仇」にされてしまったのか。


 皇子の婚約者の座がそんなに欲しかったのだろうか?


 だったらひとこと、相談してくれれば良かった。皇子との婚約なんて、父親の政略で勝手に決められたこと。喜んで譲ってあげたのに。


 実は77回目の時、アルフィーナはデボネアに提案してみたことがある。「あなたに婚約者の地位を譲って差し上げましょうか?」。儚き聖女は一瞬沈黙した後、困ったような笑みを浮かべてこう言った。「まぁ、アルフィーナ様ったら、お戯れを」「わたくしなんて、とてもとても。ライオネット殿下のお妃に相応しいのは、貴女様を置いて他にありませんわ」。


 ――よく言うわよ、まったく。


 今はもう、怒りより「呆れ」のほうが大きい。


 妃の座を手に入れて何を企むのか知らないが、どうせ自分の死後のこと。勝手にすれば良い。


 ライオネットが冷たい声でアルフィーナに告げた。


「冥界へ召される前に、何か言い残したことはあるか?」

「ございません。さっさとぽ~んしちゃってくださいな」

「軽すぎるぞアルフィーナ!? 最期の言葉がそれで良いのか!? 本当に良いのか!?」


 やっぱりジョークが通じない。


 ならば――。


 ひと呼吸おいて、アルフィーナは居住いを正した。


「命乞いなどいたしません。私も公爵家の娘です。面白きこともなき人生でしたが、せいぜい最期は潔く散りたいと思っております故──どうぞ、よしなに」


 騒がしかった場内が静まりかえる。


 みっともなく命乞いをする自分を見て笑おうと思っていた連中は、さぞ、アテが外れたことだろう。


 彼らの見世物になってやる義理はない。


 他人の評判も、評価も、もはやどうでもいい。


 そんなもの、墓場にも来世にも持って行けはしないのだから。


 皇子は強張った顔のまま、号令を下した。


「アルフィーナを断頭台へ!」


 屈強な衛兵に乱暴に引き立てられ、階段を昇る。


 憎々しげに見守る観客にウインクのひとつもしてやろうと思ったが、片目を瞑ったままの生首というのも不気味なので、自重しよう。


 アルフィーナを断頭台にくくりつけた後、衛兵が離れていく。



 ──さてさて。100回目はどこから始まるのかなっと。



 そう思いながら目を閉じる刹那――ついに本性を現わし、にまぁっ、と赤い口角を吊り上げる聖女の醜悪な顔が視界に映った。



 ……ほんと、ねえ。



 99回目のため息を、アルフィーナは漏らす。



 何度も繰り返して、すべてを覚悟した私だけれど。



 ──こいつの、この最後の笑みだけは、何回見ても本っ当にハラが立つわ!






 気がつけば、そこは応接室のソファだった。


(……ん……)


 長い眠りから覚めるような感覚とともに、アルフィーナは頭をもたげて周囲を見回す。母親のマリーと、初老の使用人が三人いる。見慣れた家具と赤いじゅうたん。壁には自分の祖母であり偉大な魔導師でもあったユリナールの肖像画がかけられていた。


 アルフィーナが生まれ育った公爵邸、その応接室であった。


(100回目のスタートは、我が家か。ま、上出来上出来)


 前回はいきなり軟禁状態からのスタートだった。あれはたまらなかった。ひもじかった。ここ数回は、下町に出る屋台のチーズパイを死ぬまでに何個食べられるか挑戦しているというのに、前回はゼロで終わってしまった。


 今回は五個くらい行けると良いなぁと思いつつ、隣のソファにいる母親に尋ねてみた。


「お母様。今は、何年何月の何日でしょうか?」


 娘と同じ銀髪の母親は、目を瞬かせた。


「おおアルや、突然どうしたの? 取り乱すのはわかるけれど、記憶まで無くしてしまったというの?」

「至って冷静です」

「今は大神歴たいしんれき845年7月5日。深夜10時です。しっかり気をお持ちなさい。貴女の心の裡を正直に包み隠さずお話しすれば、ライオネット殿下もきっとわかってくださるから」

「7月……5日?」


 その日付には覚えがある。


 確かその日は、帝国軍情報部からの通達で自宅待機を命じられていた。


 そこにやってきたのは──。




 ジリリリリリッ!




 けたたましいベルの音が鳴り響いた。


 しばらくして、中年のメイド長が慌ただしく応接室に入ってきた。


「お、奥様、お嬢様、殿下が、ライオネット殿下がっ……!!」


 腰に剣を帯びた兵士たちを引き連れ、ライオ皇子が部屋に姿を現わした。白皙の頬には緊張を浮かべ、氷のような蒼い瞳でアルフィーナを射抜くように見つめた。


「久しいな、アルフィーナ」

「これは殿下、ごきげんよう。こんな夜更けに何の御用でしょうか?」


 立ち上がり、スカートをつまんで礼をしながら、アルフィーナは内心でつぶやく。


 ──ああ、なるほど。今回は「ここ」からなのね。


 845年7月5日の深夜、皇子が直々に屋敷を訪れ、アルフィーナを逮捕した。その後は城の一室に軟禁され、裁判もなしに一方的に断罪され処刑されることになる。この流れは、多少の変化はあれど、99回一度も変わることはなかった。どう足掻いても、待っているのは「ぽ~ん」なのである。


「アルフィーナ・シン・シルヴァーナ。貴女を逮捕する。理由は──言わずともわかっているだろう。わからぬというなら、己の胸に聞くことだ」


 霜が降るような冷たい声だった。


 めまいを起こして倒れた母の介抱をメイド長に任せ、アルフィーナは頷いた。


「わかりました。参ります」


 ここからだと、100回目の命もそう長くなさそうね……。


 またもや、チーズパイは諦めなくてはならないようだ。



 ところが、その時――。


 

 しかめ面のままアルフィーナをにらんでいた皇子の声が、突然、アルフィーナの心の中に聞こえてきた。




(俺のアルフィーナが、我が愛しい女が、聖女の暗殺など企てるはずがない! これは間違いだ、何かの間違いに決まっている! ああ、アル!! 俺のアルフィーナ!!)




 ──えっ。今の声は何!?

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