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参・魔界解放



「ぅあ……いたた」


 はるかは、体にのしかかる岩屑から勢い良く頭を出した。次いで刀を握った右腕、左腕とを出し、全身を引き出す。

 刀は折れていない。彩玻光(さいはこう)で強度が増していたおかげだろう。炎はほとんど彩玻光で相殺した。しかし全身には鈍い痛みが疼いている。

 岩屑の上に立ち上がったはるかに、緋焔(ひえん)は不敵な笑みを浮かべた。


「そうそう。すぐに終わっちゃあ、面白くねぇからな」


 語尾にかぶせるように、低い地鳴りが起こり始めた。

 鼓膜を震わせる地鳴りは、大気までも振るわせるほど大きくなっていく。それにともない増大していく、黒い、深い、妖気――。

 先程辺り一帯を破壊した術に感じたものと同じ――。ひとりのものではない。


 はるかは妖気の元を振り仰いだ。

 窪地の外周に等間隔にたたずんでいる影がある。


 ひとりは、茶色の外套を身に纏った小柄な老人――深羅(しんら)

 もうひとりは、長い黒髪の清楚な女性。暁城(あかつきのしろ)で身につけていた栞菫(かすみ)の儀服にも似つつ、しかし色は相反する黒染の装束に身を包んでいる。

 最後のひとりは、十歳前後の少年。膝の見える短い丈の袴を穿き、元気の良い亜麻色の髪を風にさらしている。


 彼らの高まり行く妖気に、大気は怯え大地は震えている。

 はるか同様、緋焔もその三人を見上げていた。しかしこちらは、はるかの憂慮の面持ちとは異なり、うんざりした表情をしている。


「あいつら、こっちに足止めさせといて始めるのが遅えよ」

「はじめるって、なにを?」


 はるかの問いに答えるかのように、三人の術者を結ぶ線が宙に浮かぶ。それを成すのは、黒い光――闇より濃い色をしているのにもかかわらず、それは確かに輝きを放っているのだ。

 三角形の線は見る間に面へと広がり、はるかたちの上空を覆う。

 悲鳴のごとき大気のうねる音に紛れ、緋焔の声が届いた。


「なんでも俺らの世界の奴らを、ありったけこっちに引っ張ってくるらしいぜ」

「それって――!」


 魔界から妖魔を呼び寄せるということなのか。この双月界に。


 はるかは鋭く一点を見据えた。その先に在るのは、外套に全身を包み隠した深羅の姿。

 駆け出したはるかは、進路に立ち塞がるように起こった炎を切り裂いた。作り出した道を抜けた先、はるかの行く手を阻むのは紅い髪の男だった。


「にぎやかになるのは歓迎だが、あいつらがやってることは俺にはどうでもいい」


 そう言う緋焔の口ぶりは、本気で関心がないようだった。


「俺が用があるのはお前だ」

「私!?」

環姫(たまきひめ)に長年封じられてた怨みを晴らさせてもらうぜ!」


 言い終わる前に緋焔の下駄が襲い来る。鋭い蹴りを刀で受け流しつつ、はるかが言う。


「私がやったわけじゃないのに! そういうのって、えーと……」


 考えている間に二撃、三撃と打ち合いが続く。


「そだ! 『やつあたり』って言うんだよ!」

「俺の気が済めばそれでいいんだよ! 恨むならその瓜二つの姿を恨むんだ、な!」


 語尾に合わせて緋焔の両拳から炎が繰り出される。二頭の龍が絡み合うかのごとく、一体となってはるかに迫る。


 彩玻光の障壁を放とうとしたが、十分な強度を保てない。深羅たちの術の影響か、彩玻動が不安定すぎるのだ。


 そのとき、脳裏に囁いた透明な(あお)――。

 今まで何度も助けてくれた鈴が鳴るような音色が、はるかの内側で響く。


 はるかは声に従い、身体の内側にある記憶の扉を開けた。それに導かれるままに、刀の刃へ指を滑らせる。

 滴る血で刀身に描く、たった一文字。珠織人(たまおりびと)の血が、より強く刀に彩玻光を結びつけた。その刀による一振りが、緋焔の炎を一閃する。

 はるかの両脇をすり抜けた熱波が、皮膚をちりつかせる。痛手はあるものの、直撃は避けることができた。しかし、はるかの内心は焦りに追い立てられていく。


――今はなによりも、展開されているあの術を止めなくてはいけないというのに――!


 自分には、緋焔と渡り合うのがやっとで、術を阻止する力も手段も持ち合わせていないのだ。

 はるかは沸き起こる激しい焦燥に、思わず眼にこみ上げるものをぐっとこらえた。


 刹那、視界に鮮白の輝きが焼きついた。同時に全身を貫いたのは、無数の灼熱の針。

 衝撃に浮いた身体が地面へ落ちる。悲鳴はおろか、わずかな声すらもあげられず。その手に刀が握られているのかどうかすら感じられない。

 感覚全てが痛覚に変じてしまったかのようにすら思えるほどの痛み。


 はるかの肢体を突き破ったのは、かつて陽昇国(ひいづるくに)で緋焔が見せたあの熱線だった。

 しかし閃光に視力を奪われたままのはるかには、自分を襲ったものが何なのかすらもわからない。全身を――特に左胸の真芯を貫いた灼けつく疼きだけが全てだった。


「まただ」


 すぐ上から響いた緋焔の声。

 反射的に動こうとしたはるかの背に衝撃が加わる。身体は強制的に地面へとうつぶせられた。

 それがなくとも、動くことはできなかっただろう。わずかにも動こうとしたとたんに全身の傷が悲鳴を上げていた。


 緋焔は下駄ではるかを――自らを石の中へ封じた環姫の姿を――地にはいつくばらせておきながら、その表情は釈然としない。

 はるかの背中、心臓の位置に開いた焦げ穴。

 正面から真っすぐに、心臓の中心にある核を打ち抜いたはずなのだ。暁城で熱線を打ち込んだ時もそうだった。


「なぜ死なない。核は壊れているはずだろうが」


 はるかの身体を押さえつけていた圧力が消えた。直後、脇腹を蹴り飛ばされ、はるかは二転三転と地面を転がっていく。

 痛みの中、旅立つ前に暁城で聞いた三長老たちの言葉が蘇る。


――栞菫様は核の行方について、本当にお心当たりはないのですか?


 そう尋ねたのは長い白髪を頭頂で丸く束ねた時雨(しぐれ)だった。


――栞菫様が魔竜士団長と決闘された後、この城へ戻られるまでの間に無くされているのは確かなのですが……。

――あの白い光に撃たれ姿をお隠しになられていたのが原因なのか、ともかく核のありかを早急に突き止めねば。


 胸まである長い白髭をなでながら(おぼろ)は隣の泡雲(あわくも)に視線を送る。

 泡雲は見えぬ眼を閉ざした瞼の上で眉をしかめ、頭を垂れた。


――諜報隊も総力を尽くしておるが、成果はあがらず申し訳ない。どうか栞菫様。旅の最中、一刻も早く核を見つけてくだされ。

――双月界をめぐる彩玻動が、栞菫様のお身体と核を繋いでくれております。しかし、いずこかに置き去りとなっている核にもしものことがあれば……。

――特に妖魔どもに核がないことを知られてはなりませぬぞ。


 記憶の中の三長老たちの言葉が遠ざかるにつれ、はるかの薄れかけた意識が引き戻されていく。


 はるかのかすむ眼が緋焔を探し、捉えた。炎の拳術使いはが苛立たしげに舌打ちしながら近づいてくる。


「めんどくせぇ、とりあえず消し炭にしとくか」


 つまらなそうな表情で不穏な言葉を吐きつつ、緋焔は左拳に右手を重ね、指を数本鳴らして見せた。

【双月界と魔界】双月界の地下奥深くに魔界がある。伝承では魔界と繋がる穴からあふれる妖魔を環姫が掃討した。その際に妖魔六将を礎とした守護石で、穴を塞いだとされている。


【三長老】暁城で聖を内政、軍事、外交に分かれて補佐する役職。


【核】珠織人を生み出す元となる結晶石は体内にある状態では核と呼ばれる。心臓の中心に収まっており、彩玻動を取り込み彩玻光へと変換するための正しく核として作用する。

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