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弐・妖将参戦 前



 落下する光球は太陽をも思わせる輝きを発し、蒼月(あおのつき)の光さえ圧倒した。その場にいる者の視界を奪いながら窪地の中央へ落下する。衝撃に舞い上がる岩は細かく砕け熱に融けてゆく。

 同時に光も衝撃に弾け、霧散した。あたりは蒼月の夜が支配する静寂に包まれる。


 窪地の縁を成す高台を踏みしめる者がいた。


「ちと威力が過ぎたかな?」


 発せられた声は、しわがれた老人のそれだった。

 自らの足の重みに崩れた岩片が小石となり転がっていく。行方を追うように窪地の底を見下ろした。

 大小様々な岩がひしめく窪地の中は、巨大な棒を差し込み、むやみやたらに掘り返したかのようだった。

 いびつな岩地に立ち込める、岩が焦げくすぶる臭い。表層から昇る白煙は無数に林立し、蒼月の光を受けて闇に白く浮き上がる。


 その煙柱の中に煙る影がふたつ。


 岩地のほぼ中央にいるのは、ふたりの竜人族だった。

 突然の外部からの攻撃――何者かの術光。(みどり)鳴神槍(なるかみのやり)の雷で、氷冬(ひとう)氷刃凍牙(ひょうじんとうが)の氷で障壁をつくり、直撃を免れていた。


 双方とも、巻き上がる岩で受けた傷から流れる血と土ぼこりで衣服は汚れている。障壁で相殺しきれなかった余波で地に打ち付けられた身体は起き上がるにも苦しい。

 氷冬の初雪を思わせる髪に冠していた氷の角は、術光の熱で融かされてしまったように消え失せている。


 一方翠は、傷を受けながらも竜神化を維持している。が、自らの身を守る間しか与えられなかった。

 黒に限りなく近い緑玉の瞳が、岩地を滑るようにあたりを見回す。

 かなり離れた位置に、半ば岩に埋もれて倒れ伏している至道(しどう)の姿があった。右の隻腕が、その身を岩から開放すべく動く。力無いその動きでは脱出もままならないだろうが、生きている。こちら側は術光の中心から逸れていたため、威力が軽減されていたのだろう。


 しかし、求める姿は見つからない。掘り起こされ、積み上げられたように、ただ広がる岩、岩――。

 常日頃から起伏の乏しい彼の表情に、焦りの色が波紋を広げていく。

 岩ばかりが続く中、ぽっかりと開いた穴がひとつ。あれは、守護石のあった位置ではなかったか――。


 そのとき、穴の手前に一角盛り上がった岩の山が、端から崩れ落ちた。

 剥がれ崩れるその下から、ほのかに漏れ出る淡く白い光。

 それに呼応するように、岩場の各所で光が起こった。光が砕く岩から、爆風で散り散りに吹き飛ばされた秋良、冴空(さすけ)松野坐(まつのざ)の姿があらわになる。三人を包む球状の光が彼らを護っているのか、目立った傷は見受けられない。

 やがて光は、自らを生み出した主の両の手へと収縮し、消えた。


 小さな吐息と共に、はるかはかざしていた手を降ろした。

 窪地の中央付近にいる翠と眼が合う。はるかは『大丈夫』という風にほほえみかけた。

 振り向いたはるかの背後にそびえる水籠。水籠を擁する木の根は傾いてはいるが、水籠も中にいる風凛(ふうり)も無事のようだった。

 さらに後方にむけられた紫水晶の瞳は、驚きに見開かれた。


「守護石が……!」


 あるべき守護石の姿は、見いだすことができなかった。代わりにあるのは、どれほどの深さなのかうかがい知ることもできないほどに穿たれた穴だ。

 それはかつて陽昇国(ひいずるくに)で見たものと同じ――守護石が破壊された後に現れた穴だった。

 先ほどの巨大な術光は、守護石を狙っていたのだ。


 はるかは胸を締め付ける痛みに、胸元に潜む瑠璃色の石を服の上から握りしめる。


 守護石を、守ることができなかった――。

 氷冬の部下たちも……今の自分の力では、秋良たちを守る分の彩玻光(さいはこう)だけで精一杯だった。


 あれほどの強力な術を使う相手に、立ち向かうことができるのだろうか。しかも、あの術はひとりによるものではない。

 はるかは視線を転じ、前方を見た。見上げたその場所を、氷冬も同じく見据えていた。

 

 氷冬は立ち上がろうとしたが、膝は地を這う。地に突き立てた氷刃凍牙で上体を支え、視線は真っすぐ一点へと向けられていた。

 食いしばった口の端から、外傷によるものではない血が流れ落ちる。それを拭うこともせず、深海色の瞳にたぎらせた怒りが鋭く射抜く。一段高い窪地の縁に立つ、茶色の外套をまとった小柄な老人の姿を。


深羅(しんら)……貴様――!」


 氷冬の発した低い叫びは、一陣の風が巻き上げ蒼月の浮かぶ夜の闇へと吸い込まれた。

 その様子を見下ろす深羅の表情は、外套の頭巾が落とす影に隠れている。かろうじて影の支配を逃れた口元は、邪悪な笑みを氷冬に見せつけた。


「お身体の加減はいかがかな? 副士団長殿。多少遅れてしまったのは、同志が駆けつけるのに時間がかかってしまったためでしてな」

「同志、だと……?」

「左様。守護石跡が、唯一の『通路』。そこを通って双月界まで来るのには、少々時間が必要になる。その時間をそなたたちは十分に稼ぎ、眼をくらませてくれた」


 士団長が見つかってから、魔竜士団は数隊に分けて双月界各地に派遣されていた。破壊まではできずとも、守護石の所有権を確保すべく、守護石を護る各国の隊と抗争を続けていたのだ。

 どちらの兵も、必死の攻防を続けていた。その裏で動く者たちがいることを知らずに――。


火燃国(ひかがるくに)の守護石はすでに陥ちた。彩玻動(さいはどう)は弱まり、もはや守護石の破壊に稀石姫(きせきのひめ)の力を利用することもない。そして、緑繁国(みどりもゆるくに)の守護石も見てのとおり。これだけ同志が集えば、もはやそなたたちは必要ない」


 しわがれた声で語る深羅の背後から、二つの影が飛び出した。影は真っすぐに飛翔する。

 そのうちのひとつが、氷冬へと向かう。

 氷冬は立ち上がることもできず、氷刃凍牙を眼前にかざした。

 力の入らぬ腕では、到底しのぐことはできないだろう。それでも、ただ命を奪われるよりは――。


 金属同士のぶつかり合う音が響く。

 だが氷冬の腕には、予想していた衝撃は微塵も起こらなかった。

 かわりに宙に散るのは青白い電光。

 氷冬を襲った長刀の斬撃は、横合いから伸びた鳴神槍が受け止めていた。


 翠の暗緑色の瞳と、氷冬の驚きに見開かれた濃藍の瞳が。

 刹那の交錯、そして翠の瞳は長刀の主へと向けられた。


 鳴神槍の副刃と刃をせめぎ合わせる刀身は、二日月がそのまま刀身に宿ったと思わせる曲線を描く細身の長刀だ。

 それを持つ男の手は細く骨張っている。身の丈は翠より二寸ほど低いが、その身の細さが男を実際よりも長身に見せた。

 長い黒髪を頭頂部で結い、それを白い布でまとめている。布を締める帯が、長く風になびく。

 その顔は陶器の白さ。表皮に血のような朱で描かれた流線模様。その中にある、眼の代わりに細く曲線を描く溝。男は、狐の面をかぶっていた。


 狐面が緩やかな動きで刀を引く。

 次の瞬間、翠はかろうじて男の刃を受け止めていた。いつ振り下ろされたのか、捉えることができなかった。

 連戦に次ぐ連戦。

 翠は自らの背に、冷たいものが伝っていくのを感じていた。



【陽昇国】双月界の地図上で東南端に位置する島国。珠織人が護っていた守護石は既に破壊されてしまった。


【火燃国】天翼族が護る守護石がある大陸西部の国。


【妖魔六将】双月界創世のとき、天地守護の女神・環姫によって守護石に封じられた魔界の将。


【深羅】妖魔六将のひとり。小柄な老人の姿ながら、強力な妖術を操る。


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