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漆・襲来 前



 久方ぶりに言葉にした兄の名が洞内に響く。

 秋良の頭上に小さな光の粒が生まれた。ゆっくりと降ってくるひとひらの光は、かざした小曲刀に触れる。光は小曲刀の全体へまたたく間に広がり、秋良は思わず手を離した。

 光を帯びた小曲刀は、手を離れてなお空中に留まり続けている。

 時を同じくして、風凛(ふうり)の周囲にも白い光球が現れ始めた。小曲刀を包む光と同調し、明滅しながら強まり洞内を満たしていく。


“あっ――!?”


 風凛の驚きの声と同時に、あたりを埋め尽くしていた光は消失していく。浮力を失い落下する小曲刀を、秋良が受け止める。

 刹那、轟音と地響きが秋良たちを襲った。天井を支える無数の根の隙間から、崩れた土が降り落ちてくる。


「この音、入口(うえ)の方からか」


 秋良が背後を振り返る。そのときにはすでに、(みどり)が洞の入口へ向けて駆け出していた。後を追おうとした秋良の気配を察知したのか肩越しに振り返り、


「ここにいろ」


 一言だけ言い残し、翠は地上へと続く通路へと消えた。


「――っ、偉そうに」


 吐き出すように言った秋良だったが、すぐに平静を取り戻していた。

 ここには結界を解く作業にかかりっきりのはるか。星見巫女(ほしみのみこ)・風凛と草人(くさびと)の長老・松野坐(まつのざ)しかいないのだ。彼女らだけにしてこの場を去るのは不安が残る。

 松野坐は長い杖を、震える両手でしっかりとつかんでいる。秋良には聞こえない草人の言葉でなにごとかをつぶやき、深く頭を垂れた。





 神木を護る草人たちを襲ったそれは、上空から現れた。幾重にも重なる樹々の枝で織られた天蓋は突き破られ。巨大な岩塊が地面に降り注いだ。

 開けられた穴からは大きな翼を持つ翼竜が現れた。すぐ近くにひとつ、またひとつ。褐竜の力が込められた岩塊で天蓋を破壊し、竜人族を背にのせた翼竜が神木周辺に降り立っていく。


 岩と翼竜の下敷きになるのを免れた草人たちは、即座に応戦する。

 翼竜の背から降り立った竜人族たちは地面を自在に操り、草人は吹き飛ばされ、押しつぶされ、なぎ倒されていく。

 しかし草人も木々を操り盾とし、草蔓で竜人族の身体を拘束し素早い身のこなしを生かして撹乱戦に持ち込んでいる。地上戦を繰り広げる彼らを、神木を取り囲む木々の上に配置された弓隊が頭上から援護する。


 魔竜の乱のときと違い、炎を操る赤竜がほとんどいないのが草人には幸いした。草人たちは赤竜を狙い先に仕留め、個の力量差が歴然としている竜人族相手に数の力で善戦していた。

 しかし竜人族数名と翼竜四頭を残したところで、草人の精鋭たちは地に倒れた。ただひとりをのぞいて。


 冴空(さすけ)の眼前に広がるのは、生まれてこの方見たことのない凄惨な光景だった。

 神木の周辺と外周を護っていた剣兵たちも、樹上に配されていた弓隊も。地に伏し、あるいは枝にもたれかかり動く者はない。

 仲間が果敢に戦い倒れていく一部始終を、見開き、そらすこともできないその眼に焼き付けながら。

 冴空はひときわ高い梢の影に身を潜めていた。


 草人として、神聖なる木霊森の守人として。創世の頃より代々受け継がれてきた守護石を護るために戦う。

 神木が開く前。長老の命を皆と受けたときに、護り抜くと心に決めた。

 それなのに。


 身体は精神から切り離されたかのように硬直し、あるいは脱力しているのか。梢に己を繋ぎとめたまま動こうとしない。

 同じ志を持ち、倒れていった者たちと共に戦うことはおろか、矢の一本すらつがえることができずにいる。


 地上に倒れている草人の中には、まだ息のあるものもいるというのに。

 このまま、見捨ててしまうのか。

 卑怯にも木陰に身を隠したまま、おめおめと生き延びて許されるのか。

 せめて一矢でも放ち、竜人族に手傷を負わせなければ――死んでいった者たちになんと詫びればいい?


 夜の闇に陰る梢の隙間から、地上に立つ竜人族の様子をうかがう。

 竜人族の中に、ひときわ頑強な体躯の男がいる。七尺はあるだろうか。その男の指揮により、負傷し意識を失った竜人族が翼竜に乗せられていく。

 負傷者を乗せた翼竜たちは翼を大きく広げ羽ばたくと、夜空へ舞い上がり風翔国(かぜかけるくに)の方角へ飛び去っていった。

 きっと、至道(しどう)と呼ばれているこの男が隊長なのだ。


 竜人族たちは神木周辺を探っているが、入口を見つけられずにいる。

 襲撃があってすぐ、入口を警備していた者たちが種を植えた。長老の念が込められた蔓の種は急激に成長し、神木に絡まる他の蔓と紛れるように入口を隠したのだ。


――竜人族は中に入れない。風凛様や稀石姫(きせきのひめ)さんも守られるはず。


 そう祈る冴空の眼下で、至道は篭手をはめた巨大な拳で神木の根元を打った。神木を支える根周辺の大地がめくれ上がり、轟音と地震のような震動が神木を震わせる。


――風凛様!


 冴空はぐっと唇をかみしめ。腰に提げた矢筒から音もなく矢を引き抜く。

 左手に構えた弓を向け、矢をつがえる。右手をいっぱいに引き絞り狙いを定めた。


――もし、当たらなかったら?


 一瞬脳裏をよぎった考えに、心臓がどきりと跳ねた。


――当たったとしても、竜人族相手にどれほどの傷を負わせられる?


 心臓が、早鐘を打ち始める。


――どっちみち矢を放てば、こちらの位置は相手に知られっちまう。そうなれば……。


 狙いを定めていたはずの(やじり)がぶれる。

 冴空の両手の震えを受けて弓と矢がぶつかり、かすかに鳴った。


「――!」


 その音に驚いた冴空の手から弓が放たれる。

 直後、至道が動いた。冴空の心配に反し、彼はこちらを見上げることはなかった。放たれた矢は明後日の方向へ飛び、音なく闇に吸い込まれたのだ。

 脱力し、冴空は木の幹にもたれかかった。命が助かったことに安堵する。同時に、そんな自分がたまらなく惨めで涙が出そうになった。


 神木の入口を振り向いた至道は言う。


「来たか、翠竜(すいりゅう)


 冴空も見た。抜身の刀を手に現れた翠の姿を。

 臨戦態勢を取る竜人族を、至道は片手で制した。


「手出し無用。お前たちは下がっていろ」


 至道が有無を言わさぬ口調で告げると、部下はおとなしく従う。

 神木を前に、ふたりの男が数(けん)の距離を置いて対峙する。


「以前は邪魔が入ったが、今日こそ貴様を(たお)す」


 そう言う至道の右腕は、肘から下を切断された傷痕がはっきりと残されている。

 しかしそれはすでに癒え、戦うのに何ら支障はないはずだ。竜人族の治癒力は、翠も己の身をもって知っている。


――だが、ここを通すわけにはいかない。せめて、巡礼の儀が終わるまでの間だけでも――。


 翠は黒に近い緑玉色の瞳に決意を宿し、手にした刀を下段後方に引いて構えた。



伍章の主な登場人物


【秋良】斎一民。17歳(外見一致)。兄を探しているらしい。


【はるか】玉織人。172歳(外見16歳)。少しずつ記憶をとりもどしている……?


【翠】竜人族。185歳(外見20歳)。元・翠竜。ピンチでも無表情。


【風凛】種族年齢不明。五感なし。水籠に浮いて第六感で星を見る。


【松野坐】草人。1000歳超。長老は代々松科の木。彼はトウヒ。


【冴空】草人。115歳(外見12歳)。オリヅルランの葉を持つ。穴があったら入りたい。


【至道】竜人族。195歳(外見27歳)。復讐に燃えるガチマッチョ。


【氷冬】竜人族。194歳(外見25歳)。皆が恐れる氷の副士団長。


【良夜】竜人族。172歳(外見17歳)。寝すぎたブランクか体調不良。



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