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弐・草人の里で 後



 地面に両手両膝をついたまま懇願する、冴空(さすけ)の陽透葉色の瞳。それを秋良はまっすぐに見返して言う。


「本気で強くなりたいと思ってんなら、他人に頼るな」


 誰かに頼めば何とかなる。その考え自体が己を弱くするのだ。

 それは秋良の持論ではあったが、正直これ以上関わる者を増やしたくないというのが本音だった。他人との関わりあいによって生じるしがらみ、それによって自らの行動が制限されてしまう。

 それに――。


 秋良は自分の中に自然と湧いたその考えを打ち消す。そして冴空には違う理由を述べた。


「俺は人を教えるのには向いてないし、自分のことで手一杯だ。頼むんなら他を当たれ」

「いやっ、他の人じゃ駄目なんす! どうかこの通り!!」


 冴空は再び頭を下げた。放射状に伸びた、白斑(はくふ)が筋状に入った細髪葉が揺れる。

 しばらく黙ったまま見つめていた秋良は、小さく溜息をついた。そして冴空の方へと歩き出す。


 ぎゅっと眼を閉じ、祈るような気持ちで頭を下げ続ける冴空の横を、秋良の足が草を踏みしめる音が通り過ぎて行く。

 冴空は愕然とした。このまま断られては、強くなれるための機会を逃してしまう。

 とっさに起き上がり、呼び止めようとした声は出せなかった。秋良から流れた空気に息が苦しくなる。顔をゆがめ、思わず秋良に呼びかけた。


「なぜ、無理をしなさるんで?」


 里の中心へ続く方向へ、木々の中を歩いていく秋良の歩みが止まる。その背中に向けて、冴空はさらに続けた。


「あっしには、自分の思いを殺してまで他人を遠ざけようとしているように感じるっす」


 自然の中に暮らし自然そのものに近い存在の草人は、彩玻動との高い親和性を持っている。それゆえに人体を巡る彩玻動に乗った感情を読み取ることができるのだ。

 明確に言葉としてわかるわけではない。それでも。秋良の心の軋みは冴空の肌に刺さるほどに感じられた。


斎一民(さいいつのたみ)はみんなそうやって無理をしていなさるんすか? あっしは――」

「お前には関係ない」


 冴空の言葉を遮り、振り向いた秋良の鋭い眼。その鳶色(とびいろ)の瞳に宿るのは、完全なる拒絶だった。

 それ以上、冴空が紡げる言葉はなく。

 心なしか髪葉をしおらせて。ただ、遠ざかる秋良の背中を見送ることしかできなかった。


 秋良は茂みを分けて里へと続く明るみを目指す。足早に進むその様子に、内心の苛立ちが表れていた。


「秋良ちゃん」


 聞きなれた声が呼びかける。はるかは秋良の後ろから追いかけてきた。あの場所にはるかがいたことに気付いていなかった自分に、秋良は内心舌打ちする。

 そんな秋良の心情は知らず。はるかは立ち止まった秋良の隣にたどり着くと、ほっと息をついて微笑む。


「探してたんだよ。相談したいことがあって」

「なんだよ」

「うん……」


 はるかは来た道をちょっと振り返り、再び秋良を見た。


「いいの? あの子、放っておいて」

「やっぱり見てたのかよ」

「うん、途中から……探しに行ったら、聞こえちゃった。あの子、本気で言ってるみたいだったよ?」


 またおせっかいが始まった。

 はるかは何かと他人のことに首をつっこみたがるのだ。そのせいで秋良迷惑をこうむったことも過去に幾度かあった。

 秋良は呆れた様子で首を横に振ると、再び歩き出す。


「放っとけよ。あいつは技術的に強くなる以前の問題だ。他人がどうこうできるもんじゃあない」

「でも、あの子が最後に言ってたこと。結構当たってると思うけどな」


 はるかのその言葉に、秋良は驚きを隠せなかった。

 秋良の瞳を、まっすぐに見つめ返す紫水晶の瞳。

 はるかがそのようなことを秋良に向かって言うことは、今までになかったのではないだろうか。

 同時に、冴空に投げかけられた言葉と、そのときの感情がよみがえる。


 冴空のように自分を慕ってくれる者に対する戸惑い。

 戸惑いつつも、決して嫌な気持ちはしない自分。

 そういった相手を持つことに対する――いや、手にしたそれを失うことに対する――潜在的な恐怖。

 心の底に押し込め、決して他人に見せず、自分でも忘れようとしているそれを見透かされたような気がしてならなかった。


 そんな弱い自分が、自己の中にあることを知られてはならない。認めるわけにもいかない。

 強く……強く在らねば――


「秋良ちゃん?」


 はるかの呼びかけに、秋良は思考の海から浮上する。

 隣に立つはるかは不思議そうに秋良を見つめていた。先程感じた、秋良の焦燥を駆り立てるものはもう見つからない。いつも通りの、はるかの瞳だった。

 首をひとつ横に振って、秋良が尋ねる。


「いや。相談ってなんだよ」


 ぶっきらぼうな、秋良を知らない者が聞くと怒っているようにも聞こえるその声もまた、いつも通りの秋良のものだった。

 はるかも当初の用事を思い出し、歩き出した秋良に続きながら話しだす。


「うん。あのねぇ――」


 はるかは先程の秋良と冴空のやり取りを忘れたわけではない。だが、それ以上無理に追求することもしなかった。なんとなく、今はそれ以上踏み込んではいけないような気がしていた。心の底に想いをしまう。


「実はこれなんだけど」


 はるかが懐から出したのは一冊の綴帳(つづりちょう)だった。沙里(さり)で運び屋をしていた時から愛用しているものだ。


「これまでに『はくちゅうむ』ってので見たことのある過去を、ずっと書いておいたの。それを秋良ちゃんに見てほしいと思って」

「過去? 栞菫(かすみ)の記憶って事か?」

「うん」

「当時を知らない俺が見たところで、だろ。(あいつ)に頼めよ」

「ちがうよ、秋良ちゃん。『せんにゅうかん』のない人が見るからこそ、気がつくことがあるかもだよ」


 はるかは両手で綴帳を握りしめて力説する。

 そんなはるかを、秋良は横目で見つつ立ち止まった。


「それはお前の意見じゃないだろ」

「えっ? えへへ……」


 秋良はごまかし笑いのはるかにため息を送った。はるかは正直に告げる。


「実は(みどり)くんにも、秋良ちゃんと一緒に見てほしいってお願いしたんだけど」


 翠には丁重に辞退されてしまったのだ。自らが仕える主の内をのぞき見るようなことはできない、と。そのかわりに、先の助言とともに秋良に見てもらうようにと代案を出されたのだった。

 それを聞いて秋良は呆れ半分、ぼそりとこぼす。


「あいつ、融通が利かねぇな。おまえも姫らしく命令だとでも言やあ良かっただろ」

「あ、そうか……って。なんだか無理強いするみたいじゃない?」

「知るか。あいつどこにいるんだよ」

「里の外で彩玻動流(さいはどうりゅう)の強いところまで行って、諜報隊の人と連絡取り合うって。草人の近道ですぐ帰ってくるって言ってたよ」


 聞いておきながら興味のない様子で、秋良は片手を差し出した。


「待ってられっかよ。見てやるからよこせ」


 栞菫の記憶をたどるという点では、当時を知る翠がいた方が良いのは事実。だが、一冊の綴帳を三人で囲むという状況は避けたいと思いなおした秋良だった。




【草人の精神感応】双月界の生物はすべからく体内に彩玻動が巡っている。彩玻動との親和性は六種族の中でも草人は最も高い。草人が気配を隠すときに周囲に完全に溶け込むことができるのもこのため。強く心に抱いた感情はいかに表向きを取り繕おうとも彩玻動を通して草人に伝わってしまう。


【綴帳】はるかの愛用品。沙里で運び屋の手伝いを始めたとき、あまりの覚えの悪さに秋良が買い与えた。荒漉きの紙を紐で綴じたA5サイズくらいのノート。


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