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碌・襲撃 前



 はるかが身を起こしたのは突然だった。立ち上がり、秋良を追い越して樹の外へ駆けだす。

 かと思えば立ち止まったまま微動だにしない。背後に立つ秋良と翠からは表情をうかがい知ることはできなかった。


「おい、はるか」


 秋良がはるかの肩に手を掛けようとしたその時。


「跳んで!」


 はるかの鋭い声。秋良は反射的に地を蹴っていた。

 足元の地面が爆ぜる。前触れなど何もなかった。眼前に腕をかざし、秋良は飛来する土片を防ぐ。


 爆ぜた地面の中心には、七尺はあろうかという巨躯を誇る男。爆発――いや、男が地面から現れた勢いで土石が吹き飛び、爆発したように見えたのだ。


 はるかと秋良はその男を挟んで対となる位置に着地する。同時に秋良たちの周囲を取り巻く位置に起こる三つの小爆発。地面の下から新たに現れた三人の男のひとりに見覚えがあった。先刻話題に上った眼に傷持つ男。

 ならばこの男たちは――。


「竜人族、なのか?」


 誰にともなく発せられた秋良の問いに答えるかのごとく。

 (みどり)は自らの刀を抜き放った。下ろした切っ先を後方へ引いて構える。まっすぐに向けた視線の先、相対する巨漢もまた、翠をまっすぐに見据えている。


 秋良は両腰に提げた一対の小曲刀を抜き放つ。敵勢四名のうち、おそらく巨漢が首領格。周囲を囲む三人は、秋良とはるかに狙いを定めている。首領格の男は翠に任せ、こちらは三人の方へ集中させてもらう。


 相手の出方をうかがう秋良の耳に、低い唸り声が聞こえてきた。それは七尺の巨体から発せられていた。むき出しの両腕に備わった頑強な筋肉が膨張する。


「があぁぁっ!」


 方向と共に丸太のごとき右腕が振り下ろされた。地鳴りと震動。鋼鉄製の篭手(こて)に覆われた拳に穿たれた地面が、衝撃で草ごとめくれ上がる。

 翠の足元を狙った一撃。空振りのようにも見えるそれに対し、翠は大きく右へ跳んだ。


「なんだ!?」


 秋良が驚愕の声をあげた。

 翠を追うように、彼の左足元から巨大な影が鋭く伸びる。岩だ。いびつな円錐形にせり上がり、矛さながらの先端はわずか翠には届かない。


 それを合図に竜人族が動く。

 秋良は眼前に迫る刃を右の小曲刀で軌道を逸らし半身にかわす。相手は右目に傷のある男。手にしているのはあの時のような小刀ではない。持ち手を握りこんだ拳の前面を横一筋に刃が覆う、特殊な武器だ。

 連続して繰り出される蹴撃と刃。秋良はかわし、刃には刃を合わせていなすと後方へ跳び一度距離を取る。

 男は拳刃(けんじん)を握った右拳を前に出し低く身構え、にやりと笑った。


斎一民(さいいつのたみ)なのが惜しいな。良い戦士だ」


秋良は無言を返し、傷の男ごしにはるかの姿を捉える。ふたりの竜人族を相手に戦っている。しのいではいるものの防戦一方だ。

 なんとか、あちら側へ抜けなくては――。


「こいつらは褐竜――地を操る。地面からの攻撃に注意しろ!」


 翠の声が秋良とはるかに届く。

 警告を発すると同時に、翠は刀を素早く振るった。立て続けに鳴る硬い音。足元に叩き落とされていくのは楔型の石だ。


「――!」


 正面に対峙していたはずの姿が消えた。左にわずかな風圧を感じ右へ転がり出る。大岩のごとき拳が空を切り地面を砕く。

 翠は右足を踏切り間合いを詰め、下から斬りあげる。

 浅い!

 翠の刃は相手の左肩の皮膚をわずか裂いたのみ。切り返し振り下ろす――が。翠の身体は均衡を失った。軸足の乗った地面が陥没したのだ。


 翠の右腕は巨大な掌に捕まる。直後、猛烈な負荷が翠を襲う。


「ぐ……っ」


 翠の六尺強ある身体が軽々と振り上げられ、そのまま地面へと振り投げられた。背中から地面に叩きつけられ息が詰まる。

 間髪入れずに眼前に迫る拳。仰向けから横に転がり避ける。起き上がりざま跳び上がった翠の脚を、地面から突きあがる岩槍がかすめた。

 巨大な樹の根に着地し、翠は息をついた。服は土に汚れ、全身に細かな傷をいくつか負っている。


 地面にめりこんだ拳を引き抜いた巨漢の腕にも、幾筋か刀傷がついていた。先刻刀を握った翠の腕を掴み振り回した際についたのだろう。それを全く意に介していない様子で翠を見上げる。額に巻いた布の下、鋭く光る瞳を見返して翠は言った。


「相変わらず無茶な戦い方だな。至道」

「……貴様は、腕が落ちたな」


 お互いが表情を崩さずに視線をぶつけあう。


 そのふたりから少し離れた位置で、はるかは二対一の苦戦を強いられていた。

 岩の槍、石つぶて、その合間を縫って襲い来る拳の斬撃。すべて紙一重で防ぎ、かわしていた。その動きに意志を挟む余裕すらなく。ただ無心に。自ずと反応する身体に意識を沿わせる。


 そのとき、はるかの耳に届いた翠と至道のかわした言葉。

 一瞬そちらに気を取られたことで、揺らいだ心が身体の動きを妨げる。


「あっ」


 左肩が灼ける。

 背後から放たれた細長い岩矢が貫いたのだ。熱いものが肩から腕へ伝う。

 崩れ落ちる形に膝折れ、両手を地面についたそのとき。

 はるかのなかに蒼がはじけた。


――この声は……!


 眠っている時に、蒼い輝きと共に聞こえる声。はるかの内にその時と同じ感覚が満ちている。迷うことなく、感じるままに行動へ移す。

 刀を放し両手の平を地面に当てる。手と地面の境から、白く冷たい輝きを放つ細い光。幾筋か昇ったそれはたちまち領域を広げた。


 今にも跳びかからんとしていた竜人族ふたりは、突然起こった光に包まれ立ちすくむ。光に対する戸惑いのためではない。実際に、動くことができないからだ。その事実に対し、遅れて戸惑い恐怖する彼らの耳に聞こえてくる。


珠織人(たまおりびと)として授かりし名のもとに、仇なす者の玻動(はどう)を縛り、封じたまえ」


 はるかの祈りにも似たつぶやき。


「我が名は栞菫(かすみ)


 名乗りとともに一層輝きを増す彩玻光(さいはこう)に、場の全員が視界を白一色に染められ。

 光は一瞬にして収束した。

 ふたりの竜人族は地面の上、半球体の光の中で指一本動かすことができず束縛されていた。


 隻眼の男がそちらを見た一瞬を、秋良は見逃さない。常に一定距離を保つようにしていた間合いを一気に詰める。

 気づいた男が拳で地を撃つ。足元から次々と突きあがる岩槍を秋良は軽やかにかわしていく。真下からひときわ大きな岩槍。真上に跳んた秋良は岩槍の腹を足蹴にして前方へ飛び出す。

 繰り出された男の拳刃を着地と同時にかいくぐる。逆手に握った左手の小曲刀が男の腹を狙い定め。全身のぶつかる勢いを右方向への回転に乗せて下方へと斬り抜く。男の背後に抜けた秋良は振り返りざまの追撃をためらった。


 なにかが、秋良の中で警鐘を鳴らしたのだ。

 立ち止まった秋良の前で、男の背中が大きくふくれあがり衣服が破れる。背中だけではない。全体的に肥大する身体を覆う皮膚は次第にどす黒い色へと変色していく。


「そんなのありかよ……」


 ついさっきまで人間の男と変わらぬ姿をしていたもの。今や見上げるほどの大きさへと変貌したそれを前に、秋良は戦慄を覚えた。


「竜――竜人族……」


 光沢を帯びるその皮膚は鱗そのもの。頭から伸びた二本の角。大地を踏みしめる四肢は鋭い爪を持ち、爬虫類のそれに酷似した尾を持つその姿は、伝説の中だけで生きる幻獣のものだった。




【七尺・六尺】七尺は約210cm。六尺は約180cm。至道の身長は208cm、翠は183cm。至道は筋肉量もあるため、実際の身長より大きく見える。


【褐竜】竜人族の中でも大地の彩玻動に干渉する力を有する一族。地の術と格闘術を得意とする。


【拳刃】地竜たちが使用する武器のひとつ。ナックルの上に刃があつらえられており、突くだけではなく斬ることも可能。


【蒼い輝きの声】はるかが睡眠中、蒼一色の輝きの中にいる夢を見ることがある。その時に語りかけてくる声。はるかに協力的だが声の主は果たして……?



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