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肆・再挙



 その酒場は地下にあるため日中でも薄暗い。

 窓のない壁は備え付けた燭台の灯りに照らされ、貼り付けられた無数の紙で埋め尽くされている。文字のみのもの、人相書きが添えられたものと様々だが、どれにも欠かさず賞金額が大きく記されている。

 ここは賞金首の換金所であり情報交換の場所なのだ。


 奥の間とこちらを隔てる長卓前の席を中心に、二十代後半から四十代の屈強な男たちが陣取っている。各々の総獲得賞金額や最高獲得金額を自慢し合い盛り上がっているようだ。

 そこ以外にも小さな円卓が三つ。そのうちの入口から離れ、喧騒からも離れた席にふたり座っていた。


 ひとりは、闇に映える白雪の髪を持つ黒衣の青年。

 ひとりは、七尺近い巨体を誇る青年。


 今店内に入った者がいたなら、二十代前半と見られるふたりが喧騒を避けたように見えるだろう。実際は他の者たちが彼らを避けて角卓に寄って座っていた。誰ひとりとして口に出しはしなかったが、ふたりの放つ並ならぬ気配を肌で感じ取っていたからだ。


 上背だけでなく、まさに筋骨隆々というべき彼は、紺色の布を額に広く巻き柳茶色の短い髪を押さえている。布の下で鋭く光る黒い瞳が、店の出入口へ続く階段へ向けられた。相変わらず待ち人が現れる気配はない。

 卓上の杯を一気にあおり、戻す。内心のいらだちが卓にぶつかる音として表れる。


「そう急くな、至道(しどう)


 雪色の髪をした連れが声をかけた。腕組みをしたまま、じっと黙していた彼のまぶたがゆっくりと開かれる。深い紺碧の瞳が至道に向けられる。


「今できるのは待つことだけだ」


 待つことだけ。

 至道は杯を離した拳を強く握りしめる。


 もう十分すぎるほど待った。

 百二十年探し続けたその時よりも、今このとき。訪れる者を待っている時間に、より焦燥を覚える。

 だが、至道のいらだちの原因はそれだけではなかった。


「あいつは」


 至道は低く深く響く声で、うなるようにつぶやいた。


「信用ならん」


 連れの男――氷冬(ひとう)はわずかばかり眉をあげ、薄く笑みを浮かべた。再び瞳を閉じて小さく答える。


「わかっているさ」


 それでも。

 今はそれにすがる以外、方法は尽きてしまっているのだ。

 長年探し求めても見つけることかなわず。もし無事に取り戻せるのであれば、手段は問わない。


 はっと至道が顔をあげた。ともすれば気づかずやり過ごしてしまうほどに、ごくかすかに漂う黒い気配。

 氷冬も気づいている。深海の青さをたたえる瞳は険しく細められていた。


 ふたりのいる卓に近い、酒場の片隅にある闇。

 いつからそこにいたのか。入口を使わずどこから入り込んだのか。燭台の灯りが届かぬ闇に紛れるように。小さな影がたたずんでいた。

 影が一歩を踏み出し、灯りの中へと踏み込んだ。


 揺らぐ橙色の光に照らし出される、茶の外套。全身のみならず、目深にかぶった頭巾に顔すら隠されている。わずかにのぞくしわがれた口元から老人であることが見て取れた。


 至道は敵意をあらわにした視線で老人を射抜く。深羅(しんら)という名の老人――いや、妖魔六将のひとりは、卓のそばまで足音なく歩み寄った。


「待ちかねたかね?」

「結果は?」


 氷冬が短く尋ねると、深羅は忍び笑いをもらした。


「必ずや見つけると約束した手前、事を成さずに顔を出すわけがなかろう」

「では……」


 ふたりの期待に満ちた瞳に、深羅はおもむろにうなずく。


「まだ目覚めてはおらぬが、五体満足な状態で居る」

「そうか、無事か……!」


 祈るように頭を垂れた氷冬は、万感の呟きをもらした。

 どれだけ。

 どれだけこの日を待ちわびたことか――!

 無事でいてくれた。

 友との誓いを果たすための道は、まだ繋がっている。

 止まっていた我等の時間は再び動き出すのだ。


 逸る心を抑えきれず、がたん、と派手な音を立てて至道が立ち上がった。

 喧騒が止む。

 静かになった店内で、全員の視線が一点に集まる。

 その先には、低い天井に頭がつくのではないかというほどの巨漢と、その連れである白髪の男が卓についている姿だけがあった。

 至道が長卓のほうを一瞥すると、客たちは誰からともなくもとの会話に戻っていく。


「往くぞ、至道」


 氷冬は静かに立ち上がる。

 しかしその身体の内に燃え上がる意志が、強い光を宿す瞳からあふれていた。

 同胞のその声に、至道は入口へと大股に歩いていく。


 酒代を卓に置き、氷冬も後に続く。

 出入口へ向かう階段を上る直前に、店内の一角を振り返る。深羅が消えた闇の中には、その痕跡のかけらも感じられなかった。


 向こうがこちらを利用しようとしていようが、かまわない。それはこちらとて同じ。


 店の外はすでに黄昏時となっていた。太陽は山陰に沈み、追いかけて山際へ向かう白月(しろのつき)が反射光を投げかける。暗さに慣れた眼にはいささか強い光に、氷冬は眼を細めた。

 空と同じく茜色に染まる街外れの光景。人気のない路地で至道の姿を振り返る。


 至道は夜色に染まりつつある東の方を見つめていた。

 濃紺に染められた空。そこだけ丸く切り取られたかのように、淡い光を放つ蒼月(あおのつき)が浮かぶ。

 蒼月の下に広がるのはこれから目指すべき土地。広大な森を擁する緑繁国(みどりもゆるくに)がある。そこから、再び始まる。

 我ら魔竜士団(まりゅうしだん)の戦いが。



【長卓】細長いテーブル。カウンターを指す。円卓は皆さんご存知、丸テープル。


【七尺】約210cm。余談だが氷冬の身長は六尺弱。低くはないが至道と並ぶと頭ひとつ差がある。


【魔竜士団】竜人族の若者を中心に結成された戦士団。魔界の解放を目的とし、地響国と風翔国の守護石を破壊したのは130~120年前の戦乱でのこと。120年前、消えた士団長捜索のため作戦を断念していた。



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